転生女子会の黒一点
いつの頃からか前世というものを思い出していた。思い出していたけれど特に使えもせず、普通に田舎貴族の子どもとして生まれ、学校へ行くことになった。そこで出会った同じ転生者の面々と、実は乙女ゲームの世界だったという事実。だけどそんなことはあまり関係ないかも。ヒロインと攻略対象をこっそり調査しながらのほほんと過ごす。そんな日々。
TS転生/恋愛/剣と魔法/コメディ/ほのぼの/乙女ゲーム
小説家になろうにも投稿済み
【一学年前期】
01 転生女子会(間違いではない)を始めましょう
嘘だろ。本当勘弁してくれ。
そう、嘆いた私は悪くないと思う。
此処はかつての日本と異なる世界。
そこに私や彼女たちは転生した。
いつの頃からかぼんやり前世日本の事務員をしていた記憶を思い出していた私の今世は、田舎の下級貴族の第三子。しかしそれはただの記憶で、まあ酪農盛んな故郷でこっそりチーズのお菓子を流行らせようとか画策したりはしたけども、基本この世界に準じた生活をしていた。ちなみにお菓子はまだ流行っていない。前世でも今世でも私の料理の才能は壊滅的らしい。
王立学校に通うのも田舎貴族とはいえ義務であり、三番目ともなれば親や兄たちに迷惑かけないようにどうせなら騎士でも目指そうとか考えていた。間違っちゃいないだろう。
ただ問題は同じ学年に第三王子がいて、そして同じ日本の転生者が三人もいたことだ。
何故転生者とバレたかというと、私の住む領地では手に入れられないものを学校の食堂で食べたからである。前世から私は食べることが好きだった。けして太ってはいなかった。運動も好きだったから、その後に食べるご飯の美味しさがたまらなかったのだ。
我が領地は辺鄙な場所で王都からは馬車を乗り継ぎ漸く辿り着く。海はなく、逆に山を取り囲む土地である。内地故に、且つ交通の便の悪さで食材は限られている。牛と鶏と山菜や木の実はあるが平地になる野菜や果物はなかなかお目にかかることがない。
そんな私の前世の好物はイチゴだ。
今世で口に出来なかったから気にしていなかったが、食堂で見つけてしまったのだから仕方がない。イチゴにしては青みがかっていて丸かったその果物に私は換気の声をあげたのだ。つい、イチゴじゃん!、と。
おかげでバレた。その時は王子から「それはエーアトベーレというんだよ。イチゴってなんだい?」と突っ込まれてしまった。仕方ないのでうちの田舎ではそんな風にいう事があるんです、と濁したがその際名前を聞かれてしまった。ホルトハウス領は確かに田舎だがそんな言い方はしない。帰ったら濁して伝えておこう。
その時は逃げたものの、実際バレたのが判明したのは翌日のことだ。入学して間もない時期、クラスメイトたちもまだ誰が誰か覚えきれていないのに、女子呼び出された。
女子、である。
今世の私は残念ながら男である。
不細工とは言わないが、平凡も平凡薄味の顔をしていると自覚はある。呼び出される覚えが一つしかなくて怯えたのはまだ三月前の思い出だ。
案の定呼び出しは前日のイチゴ事件のことであった。今でこそ友人であるユッテは率直に転生者であることを聞かれ、本人にも打ち明けられた。しかもそれを三回こなした。
おかげで今、三人の転生女子と前世女子の私での女子会(と仮に呼ぶ)が定期的に開かれている。
そこで冒頭の叫びに戻るのだが――私がわかっていたのはただ転生していたことだけ。何かのゲームか小説の世界などとは思っていなかった。それが今日の女子会 (いいよね)で実は乙女ゲームの世界だったことが判明した。
そんなことは知らないままでいたかった。
実際私や他の三人は名前すら出てこないモブの存在らしい。しかし三人は知っていた。そして第三王子が攻略対象で、ゲームなら今度の長期休暇を終えた後、転入してくる予定であるということを告げられた。
関わりたくないが、王子とはイチゴ事件以来、妙に懐かれている。
「イチゴ君、だからちょっと会議するわよ。ヒロイン対策会議よ」
そう言った友人ユッテにジビラとクリスタもふかーく頷いた。
02 ヒロインの前に自己紹介
前世乙女だった私だが、家庭的なことはどの分野においても苦手であった。それだからか乙女ゲームなどは友人に好きな子がいたくらいで、自分でやったことはない。
「イチゴ君、前世でも男っぽかったの?」
相変わらず切り込んでくるのは、最初に呼び出しをかけてきたユッテ・アウラー子爵令嬢だ。目がくりくりして愛嬌があると思うのだが、もう少し女子らしい慎みを持つべきではないかな。
「男っぽかったわけではなくて、仕事人間だったんだよ。体動かすの好きで、仕事が趣味みたいな」
首を傾げるユッテだが、前世の私は二十代後半で記憶が途切れている。ユッテたちは皆学生だったらしい。
「ところで、その『イチゴ君』ていうのはもう変えられないのか?」
私の名前はスヴェン・ホルトハウス。ホルトハウス男爵の三男だ。イチゴは好きだが、それをあだ名にされるのは微妙な気分である。
「だってもうライナルト様がそう言ってるじゃない」
ライナルト・フォン・ハーゼンバイン、それが王子の名前である。そして彼はあの食堂の邂逅以来、私をイチゴ君と呼ぶ。遠まわしにやめていただけるよう進言したのだが、にっこり笑うだけで撤回してはくれなかった。
朗らかな顔してやりおるわ、王子。
「それにイチゴ君なんて、かわいらしいじゃありませんの」
やさしく応えるのはクリスタ・アイルツ伯爵令嬢だ。この女子会の中では最も位が高い。令嬢らしい口調でおっとりしたこのお嬢さんは、私の理想の女子に近い。
「そうですね。あだ名の方が、わたしも呼びやすいです」
そして最後にもう一人。ジビラ・プレッチェ男爵令嬢だ。彼女はおとなしく、読書やスケッチが趣味なので、よく図書室や温室の傍に居ることが多い。人が多いところで発言するのは苦手なようだが、女子会(確定でいいよねもう)ではいつもより気楽にお話できるようだ。
「クリスタやジビラまでそんなことを……」
溜息を吐くと、くすくすと二人はかわいらしく笑みを漏らす。
「ごめんなさい。でも親しみやすくて、よいと思っているのは本当よ」
「うん。わたしも同じ爵位だし、気軽に声かけられるのうれしい」
「ね!」
何故か胸を張るユッテにもう一度溜息を零す。だけど王子がどうにか出来ない以上これはもうどうしようもなさそうだ。
「仕方ないな。学校の中や君たちといる時だけだからね」
三人とも花綻ぶように笑ってくれた。
名前についてはそのうち折を見て再度王子に直訴しよう。まだとらえどころのない彼だが、幸い私に対して悪い印象はないようだ。
ライナルト王子は第三王子だ。
既に王太子として国王の補佐についている第一王子や、軍部の方に明るい第二王子とは別の道を行く人だ。護衛を兼ねた侯爵子息を傍に置いて、いつも朗らかに笑っている。
攻略対象だというが、こういうゲームでは確かトラウマがあるとか、何か暗い過去を持っているのが定石ではなかったか。とてもそうは思えない。それとも心の内では何か暗いものを秘めているのだろうか。
03 憧れのあの人に近づきたいから
乙女ゲーム転生だと宣ったユッテだが、タイトルは覚えていないらしい。他の二人もそうだったのでそういう仕様の転生なのだと思うことにした。
ただゲームの内容は割りと覚えていたらしい。とはいっても、彼女たちがいうには世界を救わないといけないとか、悪役令嬢が非業の死を遂げるとか、そういうのはほとんどないらしい。そう、ほとんど。
一つだけ隠された魔王を見つけてしまうルートがあるらしいのだが、そのルートで失敗すると世界を魔王に壊されてしまうという。失敗とはつまり、ヒロインの死だ。魔王である人物の好感度を上げていくと、終盤近くで魔王と誰かが争っている場面に遭遇する。そこで選択を間違えると魔王の代わりに殺されてしまうらしい。正解を選んだなら、魔王がヒロインを庇い、自身のことを明かすイベントが発生する。そこでヒロインは魔王を受け入れ、結ばれるのだ。
それにしても魔王が人に混じっているとは信じられない。この世界は魔法がある世界である。私も少なからずその恩恵を賜っている。それでも魔王はお伽噺にしか存在しない。
「まあ、いないならいないでいいのよ」
実際いるかは彼女たちも懐疑的のようだ。ただ記憶にある名前を学生名簿で探そうと思っているらしい。
「それよりもまずヒロインがどんな子で、記憶持ちかどうかが問題ですね」
「攻略対象の方々もきちんと把握すべきです」
なんだかクリスタとジビラも乗り気だ。
「そういうわけで、ゲーム内容のすりあわせはわたしたちでやろうと思う。ただイチゴ君には攻略対象の方々を調べて欲しいの」
「調べる?」
「簡単な性格とかでいいから接触した印象を教えてほしい。わたしたちは気軽に話しかけられないからさ。ほら、ライナルト様とか」
ユッテがなにかを隠しきれていない顔をしている。
「ユッテ、実は王子様たちと仲良くしたいの?」
「そ、そりゃあ! だってこのゲームのビジュアル素敵だったんだもの!」
カッと真っ赤に熟れたユッテをフォローするようにクリスタとジビラも言い募る。
「イチゴ君も前に見てたら綺麗って思うようなイラストだったんだよ」
「そうですわ。美しいものを愛でたい気持ちは万国共通ですわよ」
別に責めるつもりはないが、考えてみれば憧れのあの人と直接お話しできるなんて、と言わばアイドルと知り合いになるようなものなんだろう。それならわからなくもない。
「仕方ないな。でも私にできる範囲しかできないからね」
三人は嬉しそうに頷くと、誰から調べようとかどうやって調べようとかきゃいきゃいし始めた。
「ちょっと、私は誰か知らないんだからちゃんと教えてくれよ」
「わかったー!」
元気よく返ってきた返事にちょっと不安になるが、それでも楽しそうならいいかと私は彼女たちを眺めた。
04 嫉妬の嵐は時にすがすがしい
この王立学校は全寮制である。王族といえどそれは変わらない。
ただ部屋は個室になるらしい。私はしがない男爵子息なので三人部屋である。
「ただいまー」
部屋に戻ると相部屋の二人が揃って勢いよく振り向いた。そして睨み付けてくる。何かした覚えはない。頭を傾けると、二人からは恨めしい声をもらった。
「おい、スヴェン。お前例のお茶会に行ってたのか?」
ティモ・タルナートが怒っているような声を出す。タルナート伯爵家の跡取りである彼は、少々私を下に見ている気がする。実際まあ、学年も上だし、私の身分は下なので逆らわないが。
「例の? ユッテたちとのお茶会のことですか? 行ってきましたけど?」
しかし例のってなんだろう。他の者だってお茶会とか何とかの会とかしているじゃないか。
「なんでお前みたいな凡庸なやつが呼ばれて俺は呼ばれないんだよ」
ドン、と机に拳を叩きつける。そこまで慟哭しなくてもいいじゃないか。
頭を傾けたままいると、もう一人の住人であるクスケ子爵の二男であるフェリクスが机に脚を乗せて椅子を揺らし始めた。行儀が悪い。彼も一学年上の先輩である。
「なんかわかってないね、イチゴ君」
「……まじか」
こんなところまで浸透しているとは、と密かにイチゴの威力に衝撃を受けていると、フェリクスは立ち上がって私の肩に手をまわしてきた。
「君、まだ入学して三か月だよ。入ったばかりだってのに、クリスタ嬢と親しいらしいじゃないか。知ってたか? クリスタ嬢は人気高いんだぞ」
自分だってお呼ばれしたい、とフェリクスはぼやく。確かにクリスタは美人だと思う。だが、例のってなんだ。そんなにあの集まりは目立つのだろうか。
「わかってないなあ。君、定期的にお呼ばれされてるよね。しかもよくよく聞いたら君以外は女の子ばっかりっていうじゃないか」
「……ええ、まあ」
ユッテとジビラのことか。
「ティモだけじゃなくて、僕もだけど。皆に羨まれているってわかってないよね?」
「え?」
「普通はね、なかなか女子の集まりに男子は呼んでもらえないよ。よっぽど親しいとか有名だとかじゃないと。それなのに後輩の君は早々に、しかも定期的に開かれてる会に呼ばれている。そりゃあ先輩方からは恨まれるさ。訊ねるといつもなんだかんだと逃げられてるけど、今日はもう用事はないんだろう? さあ、このやさしい先輩たちとお話しようか」
全然笑ってない目をして、私は椅子に無理やり座らせられた。
女子会(という名の転生会)は実は今回で三回目だ。最初はとりあえずお互いのことを知ろう、という名目で集まった。その時はクリスタが学校側に申請して部屋を借りてくれた。
ユッテがお菓子を持ち寄り、おずおずとジビラもやってきて、それぞれに前の自分と今の自分を簡単に紹介した。
それからまた日を改めて親交を深め、ついには定期的に開こうという話になった。その第一回目がこの三回目の女子会(定期)だ。場所は二回目からは女子寮に近いサロン棟の一室に決められた。
「一体何を話しているんだ」
興味津々で訊いてくるフェリクスに、ティモも視線を寄越してくる。だが素直に答えるわけにはいかない。
「主にお菓子とかあとはクラスのお話ですよ。幸い私はライナルト王子に好感をいただいてるみたいなんで」
嘘ではない。フェリクスは不審そうだが、ティモはなるほどと納得してくれた。
「つまりスヴェンはだしに使われてるのか」
「そういう面もあります」
「しかしならば他の男子でもよかろうに」
ティモとしては納得はするが、他の選択肢も提示したいようだ。主に自分とか。彼は見た目と言葉が強いので女子とはあまり縁がないのだろう。眉間に皺を寄せなければそれなりに格好よいと思うのだが。
「ティモもクリスタ嬢と仲良くなりたいんですか? 同部屋の誼で紹介くらいならしますよ?」
「ホントに! 是非一度ご挨拶させてほしい! いやいや持つべきものはかわいい後輩だね」
ぎゅっと手を握ってきたのはフェリクスだ。私はティモに聞いたつもりだったのだが、紹介くらいはそのうちしてもよいだろう。
「ティモは?」
応対のないティモを窺うと、顔が真っ赤になっている。
「そ、そう、そうだな! 是非!」
私の目が真ん丸になっているのに気づくと、すぐにそっぽを向いてしまった。この人、かわいい人だったんだな。
面倒見がよいのは気づいていたが。ユッテたちにはフェリクスよりもティモをお勧めしておこう。
05 ハーゼンバイン王立学校の話
私たちの通うハーゼンバイン王立学校の説明をしておこう。
十五歳から三年間学び、それぞれの未来へ旅立っていく。貴族が主だが、特殊な技能を持った平民や、力のある商人の子どもも稀に通っている。
防衛科、技師技能科、経営科、家政科があり、私は防衛科に所属している。騎士や魔法師となりたいものや、腕に覚えのあるものは大体こちらである。授業は選択制なので、自分のとりたい科目を選ぶことができる。定員があるので希望が通らなかったり、教員から逆に指名があることもあるが。
技能技師科は腕に自信はないが、補助的な面でのサポートを得意とする者や日々の生活を楽にするために研究を目的とする者が多い。
経営科は主に跡継ぎとなる貴族の令息や令嬢が多い。令嬢は少なめだが、将来夫を支えるためにとか、自分が領地を背負って立つという気概のある者もいる。
そして家政科は執事やメイドなどを目指すものが多い。上級貴族の家に縁を繋ぐ意味でもこちらを希望する者は少なくない。
また科とは別にクラスがある。四科の生徒が混じりあったクラスで、共通の授業の時は一緒に受けるが、大体は科別となるので全員同じ授業は滅多にない。
私の場合はクラスは王子、ユッテ、クリスタ、ジビラと同じである。ただ私と王子は防衛科だが、ジビラは技師技能科で、ユッテとクリスタは家政科である。ちなみに経営科には学年が異なるがティモがいる。フェリクスは家政科らしい。
ユッテが言うには、それぞれの科に一人は攻略対象者がいるという。防衛科は言わずもがなの王子であろう。他の科はまだ聞いていない。ただ魔王は家政科にいるらしい。何故一番似合わなそうなところにいるんだろう。
ちょっとこのゲーム、やりたくなった。
ところで時に合同で授業があるときもあるのだが、防衛科、経営科、家政科の合同授業が週に一コマある。経営科の生徒たちをゲストとして家政科の生徒が持て成す。そして防衛科の生徒は会場でずっと立っている。一コマ一時間半ずっと立ったままだ。それは騎士や誰かの護衛となったとして、空気のように存在を消してその場にいなくてはならないからだ。
これがなかなかつらい。体は強張るし、足はむくむ。何よりお菓子とお茶の香りは毒だ。それを無視したとしても眠気が襲う。恐ろしい授業だと思った。しかし本当に恐ろしかったのは三回目の授業からだった。
初めの二回は私たちの忍耐が試されていると思った。三回目の授業で、本当の意味での授業内容を知ることになった。
家政科の生徒が経営科の生徒にお茶を振る舞い、私はそれを見ないように視線を逸らしていた。だって目の前にお菓子があるのに食べられないなんて直視したくない。その行動でまさか気づいてしまうなんて思っていなかったのだけど。
その時はガーデンテラスでの授業だった。逸らした視線の先には季節の花々が植えられていて、噴水のある中庭に続く道がある。その道の手前から、煙があがっていたのだ。
「か、火事?!」
思わず叫んだ私に皆の視線が集まったが、慌てて指差し事態を示した。近くにいた王子が(防衛科なので例外はない、と立たされていた)状況を見て、すぐに家政科と経営科の生徒の避難指示を出す。半分が避難誘導に動き、残りのうち更に半分が煙の発生場所の調査と、余った者たちが周囲の警戒をする。
煙を消し止めたところで教師が手を叩いて視線を集めた。
「初めてにしてはよく動いた。さすがにライナルト様は手馴れていますね。指示が的確でした」
教師は満足そうに王子を持ち上げた。それから視線は何故か私に移る。
「ホルトハウスもよく気付いた。視野が広いことはいいことだ。皆、こういう場でただ立っているだけでは防衛科として三流だ。問題がないか、常に注意を巡らせるように。今後の授業でも何かが起こるかもしれない。気を引き締めろよ」
変なところで評価をもらってしまった。それからこの授業の時の緊張感は倍になった。主に教師たちが何をしかけてくるか、という部分において。
06 運動の後は栄養補給
「イチゴ君、お昼を一緒にどうかな」
今日は防衛科の授業からそのままお昼休みになだれ込む。皆に混じって汗を拭きながら王子が誘ってくれた。
「あー……えーと……」
しかし今日はユッテたちから誘われていた。王子を優先してもよいが、どうやっていけなくなったことを伝えよう。言葉に詰まっていると、王子が忍び笑いを漏らしている。
「アイルツ伯爵令嬢たちかい。いいよ、今日は彼女たちを優先して。その代わり明日はどうか」
「ありがとうございます。我が儘言って申し訳ありません。明日は是非ご一緒させてください」
明日ならば特に誘いはなかったはずだ。
「いいよ。ここでは僕も一生徒だからね。強要はできないさ。じゃあ、また午後に」
王子は何故か楽しそうにしながら待たせている護衛の生徒の方へ去っていった。
本来ならば私は断れる身分ではないのだが、どうにもあの王子のフランクさとか、のんびりした領地で育ってきたせいか、身分に戸惑う。ホルトハウス領は距離でいえば王都からはげしく遠隔地というわけではない。ただ間に障害があって回り込んでいかないと辿り着かない場所なのだ。おかげで王都の流行りは年単位で遅れてやってきたり、一応貴族で領主の息子なのに泥だらけの子ども時代を送っていた。泥々になって帰ってきて、怒ってくるのは領民である友人たちの母親であった。時に容赦ない拳骨も落とされたりしたので、父よりもある意味恐ろしい存在だ。
学校での食堂は基本無料で振る舞われる。朝昼晩のその日規定された食事だけならお金はかからない。ただ育ち盛りの男子や甘いものが食べたい女子はオプションをつけることができる。男子なら特に大盛やおかわり。女子ならデザートやサラダの追加だろう。
ちなみに私は基本メニューに規定外のデザートと果物を追加した。この体になってよかったことは甘いものをたくさん食べても太らないことだろうか。どうもうちの家系は太りにくい代わりに筋肉もつきにくく、デブよりガリの心配をよくされる。私はスイーツで結構栄養を摂っているせいか、比較的標準体型に近い。だが上の兄や父は棒みたいな感じである。
「あ、イチゴ君! ここですわ」
トレーを持ってうろうろしていたら、クリスタが手を振ってくれた。しかし名前を呼ばれた瞬間、周囲からの視線が集中した。好奇の視線だけならよいが、嫉妬混じりなどめんどくさそうなものもある。なるほど、クリスタは思いの外人気だ。
「こんな端の方にいたのか」
「うん。でもここ陽があたっていいんだよ」
ジビラの隣に腰かけると、対面のユッテが笑みをくれた。
「もう三人とも食べたのか」
「さっき食べ終えたところです」
ジビラが机の上にサッとメモを取り出した。メモを広げながら何故か私を見て焦った表情を作る。
「あ、あの、イチゴ君は食べながらでいいから、聞いててくれる?」
「うん。じゃあ、いただきます」
実はお腹ペコペコなのだ。運動の後はおいしいご飯に限る。食堂のご飯はまずくもないが、特別おいしいわけでもない。普通だ。無難な味付けともいえる。オプションでスパイスなどを買うこともできるので、敢えて無難な味にしているのだろう。そう思うと意外とがめついな、この学校。
ジビラは私が食事に口を付けたのを確認すると、皆に見えるようにメモを置いた。
「ユッテとクリスタと一緒に思い出してみたんだけど、これが攻略対象者」
メモには王子を筆頭に五人の名前が記されている。
「ただこの通りの名前で正しいかは本人見つけてみないとわからないのよ」
「それに魔王の名前は誰も覚えていなかったので、もう一人攻略対象がいるかもしれない」
魔王のルートは三人とも最後まで見たらしい。ただしその時見たはずの名前は今世でどんだけ唸っても出てこなかったという。出てこないものは仕方ないので、わかる人から調べていこうと結論に達した。ちなみにこのゲーム内での攻略対象者は皆一年生だ。三年間がっつり親交を深め、卒業式前にハッピーエンドを迎えるのがセオリーらしい。
「明日ライナルト王子にお昼誘われているから、この、ディーター様も見てみるよ」
ディーター・アンハイサー。王子の護衛で侯爵家の二男。彼も対象だ。
「誘われるの、案外早かったわね」
「そうでもないと思うわ。イチゴ君と呼ばれるようになったのは入学直後だもの。きっと見極めていたのね」
「緊張しそうです。でもお話聞かせてください」
三人それぞれに私のことを気にしてはくれているようだ。明日は明日にならないとわからない。
だがその前に私も彼女たちの知恵を借りたいことがある。
07 雨の日もできる領内散策
攻略対象者のメモを貰い受けると、私は彼女たちに領地での娯楽について訊ねてみた。
我がホルトハウス領は標高高い山を中心にある。観光と酪農が主な産業だ。自然豊かな景色を散策したり、酪農の体験教室なども行っている。体験教室は主に子ども向けだが、下級貴族には結構人気だ。侯爵様などは逆にプライドが許さないのか子どもであっても参加されないことが多い。こちとらしがない男爵だもんで、そこらのプライドは割合低い。
滝や季節の花、ピクニックなど観光に関してはなかなかいいと思っているが、雨の日や外に出られない夜などに当たってしまうとやることがないまま帰ってもらうことになる。それをどうにかしたいのだ。
暇そうにしている姿は申し訳なくなるし、結局宿の近くや町の辺りしか見学できないのもさみしい。
なので屋内でちょっとしたゲームなど考えられないかと思っているのだ。
「ゲームねえ。チェスみたいなの、あるのかな」
「あるとは思うんだが、そういうのよりもっとチープでいいんだ。子どもから大人まで一緒になって楽しめるやつ」
チェスではないが、オセロのようなものなら見たことがある。
どうせなら楽しくホルトハウス領のことを知ってもらえるゲームが欲しい。
「むずかしいですわねえ」
「この世界の子どもってどんなの好きなんだろう。あと平民も貴族も楽しめるってこと?」
唸るクリスタとユッテに私も困る。できればそういうゲームも欲しいと思っている。どうせなら領民たちにも楽しめるとよい。
「……すごろく、とかどうでしょうか」
うんうんと頭を抱える私たちに、ジビラが控えめに提案した。
「双六? あのサイコロ投げてコマを進んでいく双六?」
「そうです。マスに領内についての問題を書き込んで、回答してもらうんです」
考えてみる。
雨の日の鬱屈した気分の中、気分を変えませんかとゲームに誘う。大きな紙に自分の駒を置き、進めていく。子どもにもわかる問題から、領民でないとわからない問題から、答えてもらう。親子連れや友達通しならそれできっと楽しんでもらえる。一番にあがった人にはちょっと贅沢な景品を用意して、周りから羨んでもらうのだ。景品は乳製品か花を使った小物がよいかもしれない。
一人旅の人なら宿の主人に出張ってもらって一緒に酒でも交わしながら、なんて出来るだろうか。
「ジビラ、それいい! ちゃんと作りたい!」
興奮して大きい声が出てしまった。周囲から視線を寄越されて、慌てて声のボリュームを落とす。
「じゃ、じゃあ、試作品作ってみようか? 型を作ってみるから問題を考えてみてね」
「え、作ってくれるの?! そっか、ジビラ、技師技能科だったな。わー、すっごいうれしい。あ、無理はしなくていいからな。問題はいくつか考えてみるよ」
うれしさが溢れすぎて無意識にジビラの頭をなでまくっていた。照れるジビラはかわいいし、天使だと思った。
頭の中でどんな問題にしよう、こうした方がいいだろうか、などと考えていると、ユッテが私の頬をつついてきた。
「ね、ね、イチゴ君」
「お、おお、なんだユッテ」
うるさすぎたか、と居住まいを正すと彼女は人差し指を私の目の前でぐるぐる回した。
「双六、学校内で魔王のあぶり出しに使えないかな」
思いつきだったらしく、ユッテはたどたどしく説明を始めた。
進める駒を「王子」「騎士」「魔法師」「商人」「村人」そして「魔王」で作る。そして双六のそれぞれのマスには魔王退治の冒険を書いていく。あがりの一つ手前には、サイコロの一の目が出れば魔王が改心し、ここであがりになるというものにする。普通のあがりには魔王を退治して世界の平和を守った、にする。とにかく魔王絡みの冒険譚を書いていく。本当にこの学校に魔王がいれば、何かしら反応があるのではないか、とユッテは言う。
「ねえ、ジビラ、今のユッテの言う物、明日のお昼までに作れるかしら。とりあえず簡単なものでいいの」
「明日の昼って急すぎじゃないか」
今度はクリスタから提案が来た。
「何を言っているの、イチゴ君。使うのはあなたよ。王子たちに双六を見せてみたらいいと思うの。きっとのってくるわ」
自信を持って答えるクリスタに、私もようやく理解した。王子が気に入ったなら学校で広まるのは早い。少しでも早く魔王を見つけられるかもしれない。
08 王子の笑いのツボを探る会
翌日、午前最後の授業は防衛科の魔法座学だった。私の魔法の適正はほどほど。しかしジビラが案外高い適性を持っている。
隣りに席をとっているのはいつものことなので、これ幸いと双六のことを小声で話し合う。一応の準備は出来たようで、折りたたまれた紙を渡された。ジビラが少し眠そうなので、今度何かで労わねば。
紙のサイズは前世でいうところのA4くらいだ。本当はもっと大きくてもよいのだが、持ち運びしやすいサイズで作ってくれたらしい。駒は今回は丸い厚紙に色をつけてくりぬいたものを使うらしい。そのうち改良したい。
マスの中にはユッテたちも手伝ったのだろう、三種類の字で冒険の中身が書かれていた。最初の方は騎士と魔法師が喧嘩して一回休み、村人のおいしい食事で二マス進む、など他愛のない内容だ。それから中盤、終盤にかけて、魔王が魔力暴走を起こして二回休み、王都への魔獣の進行を止めるため三マス戻る、など少しずつあり得るかもしれない事象を含ませている。
しかしこれは魔王が駒に選ばれること前提なものが多い。普通に考えたら王様や王子とか騎士を選ぶだろう。失敗したかもしれない。
「大丈夫」
するとジビラが別の紙を取り出した。そこには遊び方が書いてあるようだ。
【これは王子がいつの日か魔王の手を取る日を望む物語である】
と、その一文から始まる遊び方には王子と魔王の駒が必ずあることで双六が始められることになっていた。どうやらユッテたちも途中で気づいたらしい。うまいこと考えたものだ。しかも物語というからには話を追いたくなる。
まだ試作ということを踏まえて、王子たちには遊んでもらおう。
昼休みに入ると、呼ばれたのは食堂の個室である。実は個室があるのだが、予約は身分の高い方々が軒並みおさえていて、私も入ったのは初めてだ。
今回は気軽に話したいから、とメンバーは王子以外はディーター様だけだった。クラスメイトとして親睦を深めたいということだろう。ホルトハウスには特に王族が羨むものがないからな。
「食事はこちらで準備しているからゆっくりしていくといいよ」
穏やかな笑みで迎えてくれた王子が鈴を鳴らすと音もなくメイドが机の上にお皿を並べ始めた。メニューは基本食よりもやはりグレードが高いらしい。
「個室は初めてかい」
私のお腹が輝く料理に鳴き出すと、笑いながら教えてくれた。
個室といえど本当は基本食なのだが、オプションとしてメイドをつけ、食事を変えてくれるらしい。王子であればきっとタダだろうと思ったらメイドは了解をとりつけているが、食事は自腹らしい。本当意外とがめついな、この学校。
「ライ、先に食べよう」
ディーター様が席に着くと、私も倣う。
「そうだね。まずは腹ごしらえだね」
食事はきちんとした味付けで美味であった。スパイスを足す必要は全くなかった。いつもの食事もけして美味しくないわけではないが、こちらを食べてしまうと物足りなくなりそうだ。危険である。
そしてデザートがなんといっても素晴らしかった。イチゴのミルフィーユとイチゴアイス、絶品。にこにこして食べる私を王子は楽しそうに、ディーター様はひきつりながら見ていた。
「イチゴ君はエーアトベーレが本当に好きだね」
「甘さの中に酸味があるものが好きなんですよ。うちの領地でもベリーなんかはいくつか採れますが、大体酸味が勝つので甘みという美味さに心から感謝したいです」
食べ物への賛辞ならいくらでもしたい。
甘味じゃなくたって、グレードアップのランチも私にはなかなか手が出ないものだ。しがない田舎貴族にはせいぜいデザート足すのが関の山。
食材は基本食と同じものなのに、いつもの少し固めのパンはふわふわの胡桃パンになり、ただ焼いただけの肉はやわらかくよい香りが口の中に広がる。スープだっていつもは野菜スープ一択なのにじっくり煮込んだポタージュスープだ。
「それにご飯が美味しいと怒りも和らぐし、気分も落ち着くものです」
美味しい料理は正義だ。こればかりは誰にも覆されない絶対だと思う。
胸を張って答えると王子は我慢できなかったのか、ついに机をバンバン叩き始めた。ひぃひぃと漏れる笑い声に目を瞬く。
「ライ」
「ディー、ほら、これだよ。イチゴ君を気に入っている理由。面白いだろう、彼は」
嗜めるディーター様にまだ唇をふよふよさせながら王子は告げる。どうやら本当に気に入られていたらしい。
「……すまん、ホルトハウス。ライはこうなるとなかなか笑いが引かないんだ」
もしかしなくても笑い上戸か。
「スヴェン、でいいですよ」
「そうか、スヴェン。ありがとう。今日は君のことがライの傍に居ても問題ないか、確認したかったんだが、よさそうだ。時々でいいから、こうやってライを笑わせてやってくれ」
「ディー、別に笑わせなくていいから。ただ時々一緒に食事でもしてくれるといいな。君といるとあんまり身分にこだわらなくてよさそうだ」
とりあえず侍るには問題ないとお墨付きをいただいたが、何がそんなにツボなんだ。こちらにとって都合がよいことは確かなので、しっかり便乗させてもらうが。
「領地が田舎なもんで、平民の子どもと一緒に育ったんですよ。だから、少しの無礼には目を瞑ってくださいね」
にやっと笑ってやると、王子だけでなくディーター様も笑ってくれた。なかなか退屈はしなさそうだ。
09 若者は娯楽に飢えている
「で?」
食事が一段落ついたところで、目の端に涙を浮かべた王子から私へ問いかけをされた。
「今日君が来た目的は? アイルツ伯爵令嬢たちと何かこそこそしていたと聞いたよ。教えてくれるのかな」
王子は腐っても王子。さすがに私たちの動向を知っていたらしい。そういえば本当はディーター(呼び捨ての許可をいただいた)以外にも護衛の騎士や取り巻きがいるという。今日は遠慮してもらっただけなので、そのうち挨拶に呼ぶとのことだ。きっとその中の誰かが私たちのことを視ていたのだろう。
私はジビラから貰った双六の紙とサイコロを並べた。サイコロも昼休み前にジビラが紙を切ってちょちょいと作ってくれたのだ。私たちには馴染みのある六面体。一だけは赤インクで点を打ち他は黒インクで打たれている。
そして今回は丸い指の第一間接くらいの大きさの駒。手書きで王子や騎士と書かれている。
「これは彼女たちにうちの領での娯楽に知恵を絞ってもらったものの試作です。雨の時にお客様を退屈させない遊びを考えました。ホルトハウス領内での特色交えた問題を記載する予定です」
「だがこれは王子や魔王と書かれているぞ」
ディーターが並べられた駒を手に取り首をかしげる。
「はい。まだうちの領内の分は出来上がっていないのです。ただ、学校でも似たように遊びを流行らせたら面白いかと思いまして、ジビラ嬢にお願いしました。忌避ない意見をいただければと思います」
盤面を眺めていた王子は興味津々のようだ。二人で遊ぶオセロのようなものはあった。しかしもう少し多い人数で集まれば、この世界では体を動かすかくらいしかないと思う。それはそれで楽しいけれど雨の日はやはり暇を持て余してしまう。
「これはお話なのだね。このサイコロを使って出た数だけ進んで……へえ、目標に着くまでに道のりが色々考えられるのか。面白そうじゃないか」
「ありがとうございます。ちょっと遊んでみませんか? 試作ですので、至らないところもありますけど」
「そうだね……。ディー、誰か二人くらい近くにいないかな。せっかくだから駒のある人数でやってみよう」
「アルベルトはいるだろう。他によさそうなの見繕ってくる」
ディーターが席を立つ。
やはり誰か近くに側付きがいるらしい。
「それにしても君は不思議な人だね。防衛科にいるのなら騎士になるつもりなのかい」
「領は兄が継ぎますからどこかの騎士団か自警団にでも入れればと思っています。そう多くは使えませんが、魔法剣士になりたいですね」
問われたので素直に答える。王子はふうん、と気のないような返しをして、後はもう双六の内容に質問が移っていった。私自身のことを聞いても彼の将来にはなんの影響も及ぼさないのだろう。
そのうちディーターは二人新たな客人を従えて戻ってきた。
「アルベルトとタルナート伯爵家のティモ殿だ」
「あれ、ティモ?」
驚いたことに同室のティモだ。
「あ、スヴェン!」
ティモは私と王子との間に視線をうろうろさせていた。どうやらアルベルトと呼ばれた彼と同じ講義を受けていたらしく、そのまま食事を一緒にとっていたらしい。
ディーターが悪くないだろうと連れてきたようだ。
「ん?でもティモ、二学年だよね」
「選択制の講義で昨年取りそびれたんだ」
ティモは簡単に説明をくれると王子に向き直る。姿勢を正し、臣下の礼をとった。
「初めまして、ライナルト殿下。タルナート伯爵家が一人、ティモと申します。以後お見知りおきを」
思わずすごい、と手を叩くと睨まれた。私は最初からまったく臣下の礼などしなかったから。そしてもう一人のアルベルト・ベックは侯爵家のものらしい。一応王子の側近の一人だというが、先ほどから必要最低限しか話していない。
「固くならなくていい。ちょっと手を貸して欲しいだけだからね。イチゴ君、説明お願いするけど、とりあえずやってみようか」
「はい。ではまず……見てもらいましょう」
盤面と駒を皆にみえるように置く。
「まずは誰がどの駒を使うか、ですが。あー……、これはちょっと選び方を考えていなかったので今回はとりあえずこの賽を振って決めましょう」
サイコロの若い数字を出した者から駒を選んでいき、私は今回肝である魔王を選んだ。他は王子が魔法師、ディーターが騎士、アルベルトが商人を選び、最後にティモは王子を選んだ。恨みのこもった視線をもらうがそこは諦めてくれ。ティモが弱いせいだから。
「それでは順番にサイコロを振っていきます」
まずは始めてみるべし、と順番にマスを進めることになった。
一番目は私が説明がてら振る。サイコロは三の目を出したので駒を三マス進める。
「出たマスに書いてある事柄を行ってください。このマスはえーと……『魔法師ならば魔法で走ったので二マス進む』か。この場合私は魔王なので、何もありません。次は王子ですか」
二番目の王子にサイコロを渡すと、同じ三の目を出した。私と同じマスに来たが、彼はその二つ先で駒を止めた。
「ぼくは魔法師の駒だから先に進めるんだよね?」
「そうです。そうやって誰が最初に目的地につけるか、競争する遊びです」
目的地を示すと皆が頷く。その後は説明しながらそれぞれに駒を進めていき、王子が一番最初にあがった。順にそれぞれもあがり、最後はティモだ。
ディーターたちは慣れないゲームが終わったことにホッと笑顔を浮かべている。
「うんうん、面白かったよ。これは学校を題材に作ってもよいかもね。なんで冒険ものなの?」
「やはり男としては冒険譚が楽しいかと」
あと魔王を釣りたいからです。とは言えないので用意していた答えを出すと納得してくれた。
「中身はアイルツ令嬢たちが考えてくれたのかな。三種類の字は彼女たちのものだろう」
よく見ている。時間がなかったので、中身はそれぞれの手書きなのだ。
「はい。どうせなら王子たちにも楽しんでもらえたら、と考えてくれました」
よくお礼を言っておいて欲しいとの申し出に私は笑顔で頷いた。本題の双六自体の感想はどうか、というと皆楽しそうだったがもう少しルールを練ってから始めた方がいいのではないかと意見が出た。昨日の今日なので、駒を決める最初のところでも適当に決めてしまったのだ。これは仕方ない。
まだ時間があったのでもう一回やってみることになった。そして二回目は最終ゴールの一歩手前でディーターが止まった。マスには『サイコロで六の目が出たら魔王と和解する。さあ、君の真実は何処に?』とある。
ところで当初予定の一の目の予定を六の目に変えたのは、単に悪魔の数字は六かな、という考えに思い至ったためらしい。
「六の目?」
首を傾げながらディーターがサイコロを振ると六が出る。通常のゴールではなく、私は矢印で示された別のマスを指差す。
「複数の終わり方もありなんです。仏は魔王を倒して終わり、でしょうがこのマスで六の目を出すと手を取り合う結末なんです」
「……なるほど。だから通常のあがりだと魔王は浄化されました、と書いてあるのか。魔王のままで結末へ持っていけないから」
そう、通常のあがりのマスには魔王以外には魔王を倒してハッピーエンド、だが魔王には浄化されるというバッドエンドだ。
「本当に描きたいのはこっちの結末なんだね。時間がなかったっていう割に色々考えてるなあ。その分もっと時間をかけて綺麗に作り直すといいよ」
王子にはわかってもらえたらしい。ただの駒を進めていくお話だけど、それでもただの勧善懲悪以外の道を置きたかった。この世界がユッテたちのいう乙女ゲームの世界というならば尚。
魔王となった人物が本当にいるのかはわからないが、もしいるなら結末はひとつだけではないと希望を持たせてやりたい。彼女たちはそう願っていた。
私もゲームをプレイしていないが、彼女たちの願いに乗っかりたいと思う。
「ふむ。面白いとは思うが、やっぱり学校の題材をひとつ作るといいと思う。ほら、よくあるだろう。七不思議とかなんとか。ああいう噂を取り混ぜて盤面を作ると面白いと思うぞ」
ティモからは皆に興味をひかせるのは学校関連の盤だと推された。魔王を釣り上げたいのだけど、これはちょっと難しいかもしれない。
ディーターは色々な種類を作るとそれはそれでいいんじゃないか、と言われた。彼としては試作ではなく、完成品を待ちたいらしい。今回は盤も駒も雑だから足りないところが目立つ。それでも結構楽しんでくれたらしい。
「雨の日は確かに暇を持て余す。皆と親交を深めるにはいい。楽しかったよ」
後は終始無言だったアルベルトだが、不意に手を挙げた。
「早く終わった人には景品とかないんです?」
「うちの領でやるときには特別なお土産を渡す予定ですが、ここでも必要ですか?」
学校なら賭け事はどうかと思うのだが。王子も少々考えていたようで、目新しいけど褒美は欲しいよね、と同意していた。ディーターとティモはどちらでもよさそうな様子だ。
「んー……、では選んでください。最初に終わった人にそれ以外の人から食堂のおかずを一つ譲ってもらうか、一つだけ何か簡単なことを命令できる権利か。どちらがよいですか」
すぐに思い付くならこの二つだ。本当はジュースを奢る、とか言いたいが飲み物はこの学校だとタダだから意味がない。
「他はない?」
「すぐに思い付きません」
素直に告げる。王子は命令なんて当たり前な身分だからか魅力が感じられないのだろうか。
「ライ。……だったらそれぞれに賞品をひとつ用意しておけばいいのではないか。一番にあがった者は皆が用意したものからひとつもらえる権利を得るとかはどうだ」
困ったところでディーターから助け船をもらった。確かに終わった後で小さな報酬があってもいいかと思っていた。また、ディーターのいうのは悪くない気がする。
「どういうことですか?」
首を傾げるのはティモだ。
「ディーター、賞品はものじゃなくてもいいんでしょう? だったら、ティモはノートをただで貸してあげる、とかかな。ディーターなら……手合せ許可。王子は……一緒に昼食をとる権利ですかね」
それぞれの得意なことや、周りにとってのご褒美を考えるとそんな感じだ。王子はなるほどね、と首を振っている。
「そういう感じでの賞品はどうかな、ベック殿」
「いいね。それでいくなら俺は殿下やディーと顔をつないでやる、ということかな」
「簡単にそんな賞品にするなよ」
にやりと口の端を歪めるアルベルトにディーターが眉根を寄せる。
「殿下の昼食はいいの?」
「別に隣に座らせる必要はない」
「ふふ、だねえ。アルベルトは普通に侯爵領の特産品でいいんじゃないかい」
ベック侯爵領には何か特産品があっただろうか。不思議に思っていると、含み笑いで三人が私を見た。
「ベック侯爵領は果実が特産なんだ。エーアトベーレもだけど、同じ仲間のヒンベーレ、黒っぽい色のの小さな実だね。これは酸味もあるけれど、エーアトベーレが好きならきっと好きだよ。あとトラオベがあるよ。えーと、これは紫色のたくさんの房をつけるものだね」
何個も一塊になっているんだ、と王子が説明する。それはもしやブルーベリーやぶどう、ということだろうか。ぶどうはホルトハウスにもあるけど、他の地域のものなら種類が違うだろう。食べてみたい。私はアルベルトに熱い視線を送った。
「すごく、いいと思います!」
ぶれないね、イチゴ君、と笑われた気配もあったがそれはそれだ。甘味ラブ、果実は食さねばなるまい。
結論として、持ち帰って仕上げてこいということだった。
ちなみに私が出した皆の賞品の案は採用される予定らしい。
10 ご令嬢は和菓子がお好み
双六はあの後試作第二版を作り試してもらった。マスの内容を詰め、修正後にもう一度サンプルを作って試したら完成品となる。
ちなみに盤面となる紙の裏の一部に厚紙を貼り、綺麗に折りたためるようにした。そうすることで場所を取らない。駒は技師技能科の有志が作ってくれるらしい。ジビラに聞いたところ、王子が使う物ならばと王家のファンの先輩が力こめて制作してくれている最中だという。
ホルトハウス領の双六は次の休暇で持ち帰れればいいので、とりあえず相談しながら問題を作っているところだ。
双六、と遊んでばかりいるように見えるがそろそろ皆試験準備を始めている。二月から始まった学校は六月に差し掛かっている。一月は年頭行事や祭りが各地であるので学校は二月からだ。そして七月終わりに長期休暇に入る。その七月は試験の月だ。
座学はまだ教えあえるからよいのだが、防衛科には実技試験という名の武術トーナメントがある。もちろん私も参加する。まだ一学年なので早々に負けても怒られはしないだろうがせめて一回戦は勝ちたい。ということで放課後に自分の戦い方を見直しているところなのだ。
「スヴェンの魔法属性は?」
「あまり言いたくないんだけどな。土属性だよ」
王子の護衛として修練をつんでいるディーターに戦い方を指南してもらおうとお願いした。基本的に私はスピード勝負だ。持久力がないのは自覚がある。体を重くしすぎると動きが鈍る。
「手合してみるかい」
横で見ていた王子が審判しようか、と手を振る。
「してやりたいが今日は時間がない。ローザリンデ嬢を迎えに行かないといけないんだ。だからアルベルトが後で来るからな」
「ああ、そうだったね」
誰だろう。聞いたような気もする名前だが。
「イチゴ君、マルトリッツ公爵令嬢の名前も覚えてないのかい」
「マルトリッツ公爵……」
さすがにそれは覚えている。ただ令嬢の名前がうろ覚えだったことは確かだけれど。
「彼女、ちょっと入学直前に怪我をしてしまってね。やっと回復したから来週から学校にくるんだ。緊張してると思うから仲良くしてあげてね」
「ユッテ嬢たちにも伝えておきましょうか」
女子ならば女子の方が気が休まるだろう。私も一応女だったものだが、今は見た目も男だ。無用に怖がらせるわけにはいかない。
「そうだね。お願いできるといいけど、身分的に周りがなんか言いそうだけど、その時はぼくに言っておくれ」
にっこり笑う王子の背後に黒いものが渦巻いて見えた。こくこくと頷く私。どうやら大事にされているらしい。もしかしてそれは恋とか恋とか恋とかいうんだろうか。
「まあ、会ったらどんな子がすぐわかるよ」
私の女子だった部分が期待に胸をときめかせていた。
かくしてローザリンデ・マルトリッツ公爵令嬢は予告通り学校へ訪れた。ユッテたちにも何かあったら助けてあげてほしいと伝えていたが、彼女たちは少し考えているようだった。
曰く、パーティなどで出会う彼女の噂があまりよろしくはないようだ。加えて実はゲームの中の悪役令嬢(居たのか!)が彼女だったらしい。噂は性格が悪いとかそういうことではないようなのだが、三人とも直接話をしたことはないそうだ。
放課後の食堂で、王子によって紹介された彼女はとても美人であった。
「初めまして、ローザリンデ様。スヴェン・ホルトハウスと申します」
さすがに今回はきちんと挨拶をした。けれど彼女はキリリとした目で私を睨みつける。何か粗相をしただろうか、と思い返すがまだ何もしていない。というか挨拶しかしていない。
「ローザ、イチゴ君が困っているよ」
「イチゴ?」
王子が助け舟を出してくれたが、その呼称で呼ぶのはどうだろう。何故イチゴなのか、説明をされたローザリンデ嬢は睨んでいたわけではなかったらしい。パチパチと目蓋を弾かせると、小首を傾げて私を見つめてきた。切れ長の目が意思の強さを想わせる。美人である。そのうえ、胸も大きく腰が細い。女子としては羨ましい体型だ。
「イチゴ……」
何故か彼女はイチゴが気になるらしい。そして何か考えていたと思うと、おもむろに顔を上げた。
「わたくしは、イチゴはムースが一番おいしいと思うわ」
ふん、と鼻息を漏らすローザリンデ。王子とディーターは何故か頭を抱えている。
「ローザ、また変なこと言って困らせないでくれる」
「ローザリンデ嬢、学校という場所だから気が緩むのはわかるが――」
「違うわよ! もう二人ともひどい!」
キッ、と今度こそ二人を睨みつける。そして今度は私に向き直り、微笑んだ。これは直視するのはなかなか勇気がいる。微笑むと表情がやさしく、かわいい。普通の男よりは女子に耐性があると思っていたけれど、美人の破壊力半端ない。
そんな私の心を知ってか知らずか、ローザリンデ嬢は私の手をぎゅっと握る。そしてのたまった。
「イチゴは好きよ。でもわたくしはそれ以上に、芋羊羹が好きだったわ……。貴方は作り方を知っていて?」
一瞬にして熱は冷める。
あ、この人、転生女子(確定)だ。
11 乙女の園に触れてはいけない
転生女子会(定例)にローザリンデ嬢を連れて行った。王子とディーターも気にしていたが、女子だけの集まりに私が一人いるだけだ。何を心配することがあるだろう、と丁重にお断りした。そもそも転生女子(確定)以外の者に参加されてはろくに話もできない。
ユッテたちに引き合わせると、最初は緊張していたが芋羊羹の件で三人とも私と同じ意見に思い至ったらしい。
「あの、ローザリンデ様はもしかして前世を覚えていらっしゃいますか?」
すごく聞きにくかっただろうが、クリスタが尋ねる。もちろん答えは頷きで返ってきた。
「うれしいわ。こんなに居たのね。だったら、この世界がゲームと同じということも貴方たちは知っているのかしら」
どうやらこの世界というものの把握はしているらしい。そしてどうやら自身の立ち位置も。
気づいたらゲームの世界だと知っていたのは私たちと同じだ。けれど彼女は私たちと違ってモブではない。悪役令嬢だ。ただこのゲームでは没落とかそういうのはないので、単なる邪魔者役という感じらしい。
「正直最初どうしようかと思ったわ。ライやディーとはもう会っていたし、時々遊ぶような関係だったもの。これでも一応二人や他の攻略者から離れようと思っていたのよ」
離れられなかったけれど、と彼女は微妙に頭を傾ける。ゲーム内での彼女の役割は本当にただの邪魔者らしい。ヒロインの行く手をあの手この手で邪魔をし、時々小さないじわるをする。その程度。だから必ずしも悪役令嬢だからと悲観することもないそうだ。ただ邪魔者だという認識をしている人物に自分がなっているのは複雑だったようだ。
彼女の方でも私たちに聞きたいことがあるようだ。
「貴方たちはこれからどうするつもりなのかしら? それと折角共通の話題ができるのだから、もうこのメンバーで同好会でも作りましょうよ」
前半はゲームに対して、現実の動向ということだろう。それはとりあえず自分たちに害のない程度に調査しながら静観するつもりだ。後半については考えなかったわけではないが、どういう同好会にするかが決まらなかったのだ。それに安易に参加したいと言われても困るのだ。
「ああ、そうね。ならばわたくしが音頭を取ったことにしましょう。気に入ったメンバーだけを入れるの。とりあえずは同好会ではなくサロンのメンバーとして四人を迎えてよ? そうね、研究内容はわたくしの試作お菓子会かしら」
そういいつつ彼女の視線はユッテの作ったお菓子に向いている。これはただお菓子を食べたいだけなのか、それとも本当に研究するつもりなのか謎だ。
「けれど突然親しくするにはおかしくありませんか?」
今日明日でいきなりこのメンバーで活動します、は不審すぎるんじゃないだろうか。だが彼女は全然気にした様子はない。
「わたくしがディーターと王子にどう見られているか、貴方は見えていたでしょう。ちょっと昔のことを思い出して発言しちゃうことがあるのよね。そうするとこの世界では可笑しな風にとられてしまうのよ。だからまたいつもの気まぐれか、と思うはずよ」
「……そうですか」
意外とこのお嬢様は自分がどう見られているか、わかっていたらしい。
「それにこのお菓子、本当においしいわ。えっと、貴女が作ったのよね。わたくしにもいろいろ教えてもらえないかしら」
じっと見つめる先はユッテの作った大福だ。この女子会ではユッテがお菓子を担当している。彼女自身も好きに作れるのが嬉しいらしく、またお試しで前世のお菓子も作ってくれる。それがまたおいしいのだ。
ローザリンデ嬢はどうやら、まだ芋羊羹の製造を諦めていないらしい。目が爛々と輝いていた。
私たちがゲームと同じかどうか、調べようとしていたことを話すと彼女は他の攻略者についても教えてくれた。
先日会ったベック侯爵家嫡男のアルベルト殿はローザリンデ嬢もよく知っていたらしい。ディーターや王子と共と頻度は落ちるが、幼馴染といっても差支えないそうだ。
「後はザシャとホルストと……もう一人魔王様は誰だったかしら」
ユッテたちがハッとする。皆は魔王の名前を覚えていなかった。
「ええと、とにかく家政科の教師よ」
攻略者は生徒だけじゃなかったのか。
「元生徒のはずよ。名前まで思い出せないけれど、そこそこ若い教師を調べれば目星はつけられるでしょう」
ローザリンデ嬢の発言にユッテとクリスタが調べてみると名乗りをあげた。三人ほど若手の教師がいるらしい。
それから残りの攻略者である、ザシャ・クライネルト伯爵子息も家政科である。彼はチャラチャラした感じだが、公私をきちんとわけている人物だという。ローザリンデ嬢ではなく、王子の取り巻きの一人として名が挙がったことがあるらしい。正式ではないが、身の回りの世話を任せる一人になりそうだとか。
最後に技師技能科のホルスト・コロは商人の子である。そして私も顔見知りだ。
「イチゴ君、知ってたの?」
同い年だというのに、背も低く幼さの残るホルスト。彼はホルトハウス領のお隣に居を構えている。いまだ女の子と間違われると憤慨する少年は周辺の田舎貴族には馴染みのある商人の二男なのだ。
「友達だよ。実家に居たら月に何度かは会ってるくらいの」
兄が家業を継ぐので、ホルストは私と同じように補佐できるようなことを仕事にしたい、と器用な手先を活かして技師技能科を選んだのだ。
「これで懸念事項は魔王とヒロインかしらね」
ちなみにヒロインについてはローザリンデ嬢も考えているが、まだ誰かわからないらしい。次の学期から現れるということは病気や怪我で来られないか、庶子が引き取られたか。彼女は庶子の線が強いだろうと予測しているそうだ。
「まあ、ともかくね。イチゴ君。あの扉の所から覗き見してくる男どもを蹴散らしてくれる? 乙女の園は出入り厳禁よ」
ハッと彼女の視線の先を映せば、ディーターがこっそり覗いていた。慌てて扉を閉める姿が見える。
「まさか最初から覗かれていたの?」
「ローザリンデ様が心配だとしても、あれは……」
「……ないですわね」
ユッテ、ジビラ、クリスタがそれぞれ眉を寄せる。多分ディーターの傍には王子もいるのだろう。
「ということでイチゴ君」
ローザリンデ嬢が惚れ惚れする笑みを浮かべる。
「君はこのサロン唯一の騎士よ。追い出してきて。わたくしが許すわ」
胸をそらすお嬢様。私は苦笑と引き換えに騎士の礼を取る。右手を胸に、左手を背中に、頭を下げる。
「仰せのままに、お姫様」
12 幼馴染みは心配性
「悪かったよ。だからいい加減無視するの、やめてくれ」
弱り切った表情のディーターが教室中の視線を釘づけにしている。
「ローザ、ぼくが唆したのだから、勘弁してあげて。本当に落ち込んでるんだから」
困った様子でなんとか取りつこうとするのは我らが王子、ライナルト様だ。
しかし二人とも今はローザリンデ嬢になんとか許しを請おうと右往左往している。正直言って、とても面白い。
「ローザ様ももう怒ってないでしょうに」
同じように三人の様子を眺めているユッテが笑っている。
「でもあれは王子たちが悪いよな」
サロンで覗き見していた王子とディーターだが、その後からローザリンデ嬢にずっと無視されているらしい。教室に着いて、普段はない姿には参った。笑いをこらえるのに必死である。幼馴染だという三人の力関係がよくわかる。
ローザリンデ嬢はものすごい皺を眉間に刻みながら、ため息を吐いた。
「仕方ないですわね。二度としないでちょうだいよ」
「わかった。もう絶対しない」
「うん。ただせめて腕の立つ侍女くらいは置いておいてよ」
おとなしく従うディーターと、せめてと安全確保を提示する王子。
「君に何かあると困るよ」
「サロンにはイチゴ君がいるわ」
ちらっと視線を寄越した彼女につい私は視線を逸らす。あまり火の粉を降りかけないでほしい。
「彼は護衛じゃないだろう」
「そうね。でも学校内で早々大事は起きないわ。それにサロンでだけよ。少しくらいお目こぼしをちょうだいよ」
今度はディーターが一瞥してきたので、私は軽く手を振っておいた。それに対する彼の表情は複雑につきる。
「そんなに心配しなくても大丈夫なのに」
少々さみしそうな感じでローザリンデ嬢が俯くと、二人は揃って降参した。どうにもあの中で一番力があるのはお嬢様のようだ。
それにしても王子よりもディーターの方が食い下がっていた。そんなに彼女が心配なのだろうか。
「そういえばローザ様が入学遅れた理由なんだけど、聞いた?」
ユッテが何でもないような様子で聞いてくるので、私は首を横に振った。そんな話をしていただろうか。
「女子寮で他の女子も一緒に聞いたの」
「皆気になっていたのか」
「うん。それでね、なんと理由は飼い犬と遊んでいて階段から転げたんだって。それで骨折したって」
「え?」
怪我をしたからとは聞いていたが、飼い犬と遊んでいてというのは予想外だった。驚きで目を丸くすると、ユッテが悪戯が成功したように笑う。
「あのね、ローザ様、実は運動オンチなんだってさ。何もないところで転んだり、滑ったり、昔は擦り傷だらけだったらしいよ。それでよく幼馴染には怪我をしないでって怒られたって。あれ、そういうことでしょ」
ユッテがふふふ、と渦中の三人を眺めている。ディーターを示し、ローザリンデ嬢を示す。それで私も意味がわかった。
心配以上の気持ちがあるならば、男が混じっているのは気になるだろう。私のことを少しはわかっているはずだから、変なことをしないだろうくらいの信頼はあると思う。それでも何かが起きては困る、と。
さっきとは別の意味で笑いがこみあげてきた。
幼馴染といえば、先日転生女子会(薔薇の会にしようか、と呟かれたがまさか本気じゃないよな)で名前の出た私の幼馴染兼攻略者だ。学校ではクラスが分かれてしまったので、食堂とかでは会うのだが落ち着いて話をしていなかった。
そもそもまさかのゲーム攻略者など思いもしなかった。私はそれでもモブでしかないが。
かわいい顔した幼馴染は今日も麗しい。ショタ担当と思えば納得もできなくないか。
そんな彼に今日は用事がある。
「スヴェン、何やってんのお前」
会うなり渋面を向けられた。
「女の子侍らせたと思ったら、双六? だっけ? いきなり王子にやらせて皆に流行らせて。しかも今度は公爵令嬢とかなんなの」
こちらの幼馴染もまた心配性のようだ。
しかし双六以外は不可抗力である。私のせいじゃない。そうそう、双六はなんとか皆に浸透してきたらしい。これも王子が皆と遊んでくれたからだ。食堂やサロンの一角に置かれ、遊んでくれている者たちを見る。
買いたい、の声も多数いただいたので、製作は王子に任せることとなった。その代わり売り上げの一部を私たちが発明者としてもらえるらしい。また製作に協力した技師技能科の先輩方も報酬をいただいたらしい。一部はそのまま製造部員となったとか聞いている。
結局魔王探しには使えなかったが、皆が楽しんでくれるならいいかと思う。
「てか久々に連絡来たと思ったら試験準備手伝って、だとか……。てか、本当、双六の権利王子に売るなよ……」
ホルストは机に脱力するように頭を落とした。それが一番言いたかったらしい。
「悪かったよ。次何かあるときは先に伝えるから」
「絶対だぞ! お前のアイディア、糞なのも多いけど金の卵もあんだから」
そういえば昔これがあれば、とかぼそぼそ言ってたら何年越しかに渡されたことがあったがあれは私のアイディアだったのか。初めて知る事実だ。
もしかしてこれは転生して何気に世界に影響与えていることになるのだろうか。
「……で、試験準備ってなんだよ」
言いたいことを言ったら少し落ち着いたらしい。
「魔法陣を刻んで欲しいんだ。無詠唱もできなくないけど、あれは手をついてないとできないからさ。代わりの陣が欲しい」
「相変わらず近道したがるな」
この世界、日本とは違っていろいろ手間がかかることも多いのだ。それが私には面倒で、たとえばホッチキスのような留め具はあるが外す道具はわざわざペンチか何かでとらないといけないとか、たとえば洗濯物を干すのもピンチみたいなのはないので細々したものをそれぞれに干さないといけないとか、勝手に改造して使いやすくしていた。それをホルストが商会に持ち帰り、新しい商品として売り出していた。
つまりさっきの時々金の卵発言はここから来ているのだろう。
「私の試合が終わったらコロ商会で依頼を受ければいいんじゃないかな。まあ、まず注目されるためには一回戦くらい勝たないといけないけどね」
「勝てる算段はあるのか」
「相手次第だけど、一応策は練ってるよ」
「ふうん」
この世界には魔法がある。私も少ないながら魔力を持って生まれてきたので、使用可能だ。
魔法とは自分の中の魔力を引き出して、詠唱によって形と為すもの。それが本来の在り方なのだが、故郷で自然と魔法の使い方を覚えてしまった私はちょっと異なる出力の仕方をさせる。授業通り、型通りの方法ももちろん出来るのだが、それでは私が勝てる見込みは少ない。
今年だけ使える私の奥の手だ。
「無詠唱だけじゃ駄目なのか」
私はもうコツを覚えてしまったので使えるが、無詠唱での魔法は高度な技術に相当する。ただこれを覚えた時、私は土いじりに魔法を使っていた。なので手を地面についてならば、得意なのだ。手を着かずに無詠唱は鋭意練習中である。
「奥の手はいくつも持っておきたいんだよ」
そのための準備だ。
ホルストは後で商会に確認してみると言いながら要望を聞いてくれた。
持つべき者は幼馴染である。
13 楽しい恐ろしい武術トーナメント
試験月に入ると、いろんなところで教本を開いたり、体を動かす人を見かける。経営科はメインが座学なので、ひたすらぶつぶつ言っているか、書き物をしている者が多い。技師技能科も座学だが、あそこは論文か実物での提出試験もある。図書室か研究棟に閉じこもってしまって、姿を見ていないものがちらほらいる。ジビラは双六の活用を論文で示すらしい。また家政科も座学メインであるが、教師を相手に実地試験がある。給仕のマナー、正確さ、美しさ、もてなし空間の作り方、色々見られてしまうのだという。
そして防衛科は座学よりも実技がメインだ。驚いたことに、ローザリンデ嬢も防衛科だった。彼女は魔力が高いので、魔法師の資格を取りたいという。
実技試験でもある武術トーナメントは他の科の試験がすべて終わった後に行われる。ついでに言うと、王宮官吏や騎士団、魔法師団の上官も見に来るのでスカウトされることも夢ではないのである。おかげで三学年の先輩方は殺気立っている。そこに食い込もうというのだから、なかなかつらいものである。
「ユッテ、大丈夫か?」
青い顔した彼女は今しがたすべてを終わらせて、サロンで休んでいるところだ。今日は私しかいないので、たどたどしい手付きでお茶を淹れた。お菓子は学校支給のものしかないのが申し訳ないが。
ちなみにクリスタとローザリンデ嬢はいま別の座学の試験で、ジビラは論文について教師に突っ込みを受けているところだ。
ユッテがのろのろとカップを持つ。私も口に含むと瞬間苦い顔になってしまった。茶葉を入れすぎたのか渋くなっている。
「ユッテ、ごめん。渋かっただろ、淹れ直すよ」
彼女の方に手を差し出すが、ゆるり首を振られた。
「大丈夫。今は逆に栄養ありそうだからこのままでいいよ」
それでもやはり渋かったのだろう、ひきつった笑顔だった。
「イチゴ君が淹れてくれた貴重なお茶だもの。飲むよ」
申し訳なさでいっぱいだ。せめてお茶をおいしく淹れるくらいは勉強しよう。
「ところでイチゴ君は試合準備はいいの?」
「うーん、後は体調を万全に保つくらいしかやることはないな。気分転換に双六でもする?」
何気なしに呟くと、ユッテがやっと楽しそうな顔をしてくれた。
「でもあれは何かを賭けないといけないでしょう? 賭けられるようなもの、ないよ?」
そんなことを言ったら私もないが。
「イチゴ君はそうだね、今度の試合で必ず一度は勝ってよ。それがわたしにとってはご褒美かな」
双六の盤面を広げながらユッテが笑う。やはりユッテは元気な方がよい。
「難しいこと言うなあ。じゃあ私にとってはユッテのお菓子が最高のご褒美だよ。勝ったらチーズケーキ作ってくれる?」
「材料支給してくれるなら」
「もちろん」
ホルトハウス領は酪農が盛んなのだ。なんてことない。
私とユッテの二人だけど、双六はとても楽しかった。結局勝負はユッテの勝ちだった。
おかげで私は一回戦、ユッテのために勝たなければならない。
武術トーナメントの日を終えないと、私たちの長期休暇はやってこない。
その日、雲のない青空の下、試験は大きな歓声の中で始められた。
14 強い弱いは自分ではわからないが
武術トーナメントの対戦カードは当日朝にならないとわからない。必ず一回戦は違う学年と当たることになっていて、私の相手は二学年の男子だった。
知らない名前だ。剣士タイプか魔法師タイプかは試合で確認するしかないようだ。
「スヴェン〜」
トーナメント表の近くで、ぴょんぴょん跳び跳ねている者を見つけた。ホルストだ。
「当日になって悪かったな。親父たちからは絶対勝ちなさい、ってよ」
「あはは、頑張る。私のお願いした通りに出来てるね。ありがとう」
ホルストに靴を渡される。私はそれに履き替える。元履いていた靴はホルストがこれも後でやりかえするから、と袋にしまった。
私が依頼していたものはこの靴だ。魔法陣は通常より手軽に魔法を使うことのできる便利なものだが、通常使われるような紙に書いた上での使用では相手にも予測されてしまう。ならばと考えたのが靴である。
「あ、イチゴ君だ」
ホルストと話していると、ユッテたちがやってきた。
「上で応援してるからね」
「がんばってください~」
「怪我に気を付けてね」
だがホルストが横にいるのを見て、離れたところで手を振ってくれた。ホルストの方は何故か私の背に隠れて様子を窺っている。三人が居なくなったのを確認するとやっと元の位置に戻った。
「……あれがお前の取り巻きか」
「なにそれ。てか、ホルストもしかして女の子苦手なのか」
「苦手ではない。ただ集団で来られるとちょっと困る。なんでか人の頭を撫でまわそうとしてくるからよぉ……」
それは苦手ということではないだろうか。しかしホルストはきっと小動物的な扱いをされているのだろう。なんとなく理解した。
防衛科の全員が対象となるため、試合の制限時間は十分。舞台から落ちたら失格。気絶しても失格。相手が降参をしてきても尚攻撃を向けたら失格。
今、試合をしているのは王子だ。あの人、騎士タイプかと思えば実は魔法師タイプである。王城で習っていたので剣の腕もそこそこらしい。ただ魔法の方が得意とのことだ。人は見かけによらない。そして試合は王子が相手ということで緊張してしまった先輩に既に押しまくっている。このままいけば勝てるだろう。
「イチゴ君は二学年の先輩が相手なのね。羨ましい」
つまらなそうに試合を見ているのはローザリンデ嬢だ。彼女は三学年の女子と当たったらしい。
「でも私はそう強くないですからね。なんとしても一回戦は勝つ努力しますけど」
ユッテとも約束したし、勝たないとコロ商会の面々が恐ろしい。
「あなた、イマイチわからないのよね。飄々としているから。今回しっかり確かめさせてもらうわ」
「俺も気になるな」
ローザリンデ嬢の向こうに座っていたディーターが私に視線を寄越す。どうやら王子は勝ったらしい。試合から目を離し、私を凝視する目は観察者のそれだ。
しかし気になると言われてもどうしようもない。強いかと問われてもわからないのだから。故郷であれば兄たちとの手合せは完敗だけど、子ども達の中では快勝だった。おかげで自分の強さは真ん中くらいかな、と思うくらいだ。授業の試合では勝てることも多いが、授業と試験は違う。
「一回戦は勝つんだろう。じゃあ、二回戦はよろしくな」
「え?」
ディーターがニヤッと笑う。トーナメント表は一回戦しか見ていなかった。
「お互い勝ち上がれば、二回戦で当たるぞ」
顔をしかめた私とは反対にローザリンデ嬢が歓声を上げた。
「あら、どっちを応援しようかしら! 迷っちゃうわね。ともあれどちらも一回戦を突破しないとでしょう。がんばってね」
ディーターは王子の護衛をしているだけあって強い。授業で軽く手合せした程度では実力はわからない。ただ彼の一撃は重い。身長では私が勝っているが、私の家系は皆軽さが武器なのだ。とても戦いたくない相手だ。
「ふふ、楽しみですわね」
無邪気に笑うお嬢様に、私は深い溜息を吐いた。
試合の並びはディーターの後に私だったらしい。
絶賛試合中のディーターだが、残念ながら私は控室に籠っている。このトーナメントは前の試合は見ることが出来ない。歓声が上がっていることから何がしかが起きているのはわかっているが、まったく見ることができないのだ。
「仕方ない。諦めろ。アンハイサーは一学年で上位の強さだからな」
控室の担当教師が気楽に笑ってくる。
「だが、完全無欠なわけではないからな。狙う部分をよく考えればよい」
一応騎士タイプの人間対策もある。一回戦は騎士タイプがよいと思ったが、こうなると魔法師タイプにしてもらいたい。
「先生、私の相手はどんな人ですか?せめて剣か魔法かどちらに特化してるか教えてもらえたら嬉しいんですが」
ダメもとで聞いてみたが、にやっと笑うだけだ。教えてくれないらしい。
「まあ、見たらすぐわかるさ。がんばれ、ホルトハウス」
教師は結局ニヤニヤするばかりで、私の試合の時間になってしまった。入れ違いで戻ってきたディーターはかすり傷程度だった。私に待ってるな、と笑うくらいには余裕だったようだ。さすが学年上位の猛者。
そして私の試合だ。舞台は石造りの円形で、試験以外にも演劇祭などで使われている。対する相手は分かりやすく杖を持ってくれていた。魔法師タイプだ。
互いに礼をし、審判の構えの言葉に剣の柄を握る。次いで開始の言葉と共に私は跳んだ。
15 魔法の種類も使い方も人それぞれ
「開始!」
審判の合図とともに私はその場から右へと跳んだ。相手が魔力を溜めているのはわかっていた。だから予測をつけたのだ。大体試合開始にかけるならこの場所を目掛けて行使するものだから。跳んで避けたのだ。
しかし避けただけではすぐに二撃目がくる。だから着地したとともに私は全速力で駆ける。
「うわっ!」
すると目の前にはもう相手の姿がある。つまり相手にとっては私がすごい勢いで迫ってきているのだ。逃げようと慌てて足を動かそうとするが、それは出来ない。
「嘘だろ! 足が……!」
魔法は詠唱がなくても行使することができる。私は通常手をついた状態からならそれが可能だった。しかし手をつけない状況で無詠唱もできたならば、なんと素晴らしいだろう。それがコロ商会に依頼したこの魔法陣の書き込まれた靴で可能になる。
ちゃんと機能するか少し不安ではあったが、大丈夫だったようだ。相手の足が舞台の中に沈んでいる。
「すみません、先輩」
私は動けない先輩に、構えた剣を振り上げーー下ろす瞬間手の向きを変えるとお腹に柄をめり込ませた。
ぐえっ、と蛙の潰れたような声が聞こえた後、彼は崩れるように落ちていった。
「勝者、スヴェン・ホルトハウス!」
一回戦、私の試合は制限時間の大半を残して終了した。
控え室に戻ると教師からの視線を頂戴した。それはきっとどんな奥の手を使ったか、聞きたいということだろう。だがまだ教えられない。
「お疲れ様」
観覧席に戻るとディーターと王子が歓迎してくれた。王子は素直に、ディーターはにやにやと笑って、である。
「あの先輩はそんな弱くないんだけど、よく勝ったね」
「何か秘密兵器があるようだな」
私はノーコメントで通す。いま秘密を明かすわけにはいかない。へらっと笑ってやる。
「あれ、ローザリンデ様は?」
「もう少ししたらあいつの試合なんだ」
次の次が彼女の試合らしい。最近はユッテたち以外の他の女子とも親交を深めているようだ。そんな彼女の不安は自爆しないか、ということだ。本人から言われたのだが、魔力は多く持っている。魔法も問題なく行使できる。ただし運動神経はないので相手から攻撃される前になんとかしないと絶対負ける。とのこと。慌てて、避けようとして、転げて、気絶、なんてことになりそうだとぼやいていた。
自覚があるなら対処できそうな気もするが、どう頑張っても何もないところで転げるのは阻止できなかったらしい。
「それにしてもイチゴ君は足が速いんだね」
「取り柄はそこですからね」
寧ろそれ以外に取り柄がない。この長い足を活かすのが代々ホルトハウスの戦い方だ。
そのうちにローザリンデ嬢の試合が始まった。三学年の先輩が相手だということで、お互い気合いが入っている。
試合開始の合図でどちらも魔法の大技を繰り出す。相手は横に避け、ローザリンデ嬢はすぐさま防御の魔法を唱えた。しかしそれを見て更に攻撃を加えられ、防戦一方になっている。攻撃に転じたいところだろうがなかなかタイミングが掴めないようだ。
「これは魔力勝負だな」
ローザリンデ嬢の魔力は多い。彼女が全部防御出来るなら彼女が最終的には勝てる。だが途中で尽きれば攻撃にさらされる。この間にも攻撃は休まらない。
それにしても大きな魔法は見ていて美しい。炎の揺らめき、水の煌めき、風の瞬き、あれこそ剣と魔法の世界だ。その点でいけば、私の魔法は落ちこぼれだ。私の土魔法は見た目は何も起こらない。ただ植物に力を分け与えたり、土を移動させるのは相性がよい。あんな風に空中でひらめく魔法はちょっとうらやましい。
「あ」
ついに相手の魔法が途切れた。ここぞ、とローザリンデ嬢は大きな魔法を唱える。そして今だ、と足を踏み出し――踏み出し、転んだ。魔法は消え、その上たたらを踏んでよろけ、舞台から落ちた。
王子とディーターを見ると、顔を両手で覆っている。さすがに私も言葉がかけられない。勝てる、という場面での流れるような自滅だった。相手も呆然としている。
「あいつ、ほんともう……」
「ぼく、何て言ったらいいかな。ローザに」
魔法だけみたら確かにすごいのに。相手の先輩の魔法を防ぎ切ったローザリンデ嬢は本当にすごいと思う。あとは踏み出した瞬間に転げなければ、よいだけだ。
彼女の幼馴染をするのは大変なようである。
戻ってきたローザリンデ嬢はちょっぴり恥ずかしそうだった。王子とディーターに申し訳なさそうな様子だ。
「イチゴ君も応援してくれたのに……。いつも肝心なところで失敗しちゃうのよ」
「こればっかりは運もあります。少しでも回避できるように、これから考えていきましょう」
「ありがとう」
私の下手な慰めで笑ってくれたことに安堵する。
そして試合はついに私とディーターの二回戦の番がやってきた。
「どっちが勝っても恨みっこなしだぞ」
「わかってる。寧ろこっちは勝てるか五分もないと思ってるけどね」
「じゃあ、負けてくれるのか?」
「まさか」
舞台の上で軽口を交わす。
審判の構え、の声に私は剣の柄に手を伸ばした。
16 速度と火力と
開始の合図はかけられたが、私もディーターもすぐに動かなかった。策は講じている。それでも動けないのは、ディーターの隙が見当たらないからだ。
魔法は掛けている。まだ気づかれていない。だから動かなければならないのに、動けない。
「動かないのか?」
ディーターの口角が上がる。楽しそうな目元に、ひやりとしたものが背中を伝う。
私は足をぐっと床に押しつける。靴底の魔法陣は私の意思を汲んで魔法を無言で行使する。静かに音もなく、魔法は完成される。
「ここからだよ」
私は息を吸い込むと、一気に駆ける。出来れば一度で勝負をつけたい。
ディーターのすぐ傍まで走り寄ると、真正面から剣を突きつける。だがそれは彼の剣で防御される。わかっている。ここまでは想定通りだ。
今度は一度間合いを取り、彼の前後左右から何度も剣を繰り出す。防御に回っていたディーターが隙をみて攻撃を仕掛けてこようとしている。そこで、彼は違和感に気付いたようだ。それに付き合ってやる必要はないので、私はまだ攻撃を続けるしかない。というか彼には私の剣は軽すぎるので、どうしても動きを封じるしかないのだ。
「スヴェン、お前……!」
答えてやる余裕はない。呻きながら剣を捌く彼とは違うのだ。
「見た目ひょろっとしてるくせに、よくもやってくれたな」
思わず、げっ、と眉を顰める。どうにも私の小細工が気に入らないらしい。今回は最初の睨みあいの時に足を地面に埋めた。そして距離を詰める前に少しずつ背中に植物の蔦を成長させて這わせ、腕に巻き付けるようにしていたのだ。気付いた時には動かすことが困難になってくるはずだった。
「せこいぞ!」
「正攻法じゃ、君には勝てないんだ」
思わず返す。私の武器は何度も言うが、速さだ。速いということは即ち軽いのだ。逆にディーターは力、パワー重視の攻撃をする。だから単純に一撃が重い。私ではそう何度も受け止められない。
響く剣戟に、私の呼吸は段々荒くなってくる。だがディーターも私の魔法をうまく破れないのか、腕をやりづらそうに動かしている。
「大体、土属性じゃないじゃないか!」
文句を言われても苦笑を浮かべる余裕はない。額から汗が滴り落ちる。
「なんで? 土だよ!」
ディーターの剣を力の限り押し込める。
「植物は土魔法じゃ成長しねえよ!」
押し返されて、目を見開く。皆知らないのか。
蔦に絡まって動けないディーターだが、私の剣先を誘導していくらか切らせていた。よくも頭が働くことだ。
「土魔法は土を動かすだけじゃない。そもそも私は植物との親和性が高い」
荒い呼吸を整えながら私は足の裏に力を込める。
「土と呼んでいるが、固形物の粒子を動かし状態を変化させるのが土魔法だ。だから舞台の石材を削り、ディーターの足を埋め直した」
勿体ない。だから私以外に相手の足を埋めた生徒はいなかったし、皆驚いていたのか。
「栄養を含ませた地面を形成してやれば草花は早く成長する。その時に私の意思を少しだけ反映することもできる」
「はあ? ……な、おい、こらっ!」
蔦を切り払うディーターの足下から人の腕ほどの芽が出た。そのまま上へと伸びていくごとに枝が太り、彼を巻き込んで建物の三階ほどの高さまで成長する。叫んでいるディーターの声がかすかに聞こえる。私は場外へ向けて枝を揺らす。このまま彼を舞台の外へ落としてしまえば私の勝ちになる。
枝が揺れ、しなりだすと私の意図に気付いたらしい。だがもう遅い。私はふう、と息を吐き出した。
「おつかれさま」
「お前がな!」
えっ、と思うと同時に植物が見る間に燃え出す。即座に顔を上げると、私目掛けて落ちてくるディーターがいた。真正面まで彼の顔が近づいたところで、腹部に強烈な痛みが走った。
16.5 その瞬間に君は
ディーター・アンハイサーが植物によって空へ持ち上げられたその時、誰もが勝負はついたと思われた。しかし主であり、親友であるライナルトはそうは思わなかった。親友はそんなに弱くないと知っていたから。
「えええ、ディーがやられるなんて……」
「ローザ、まだやられてないよ。それにあの状況は彼に逆に有利だ」
彼は魔法を普段使わない。使えるとも明言していない。それは普通の状況では使えないからだが、知っている者は少ない。
「ああ、そうね。これは知らないでしょうね」
ディーター・アンハイサーの魔法属性は火。しかもコントロールはできない。けれど火力は強い。使いどころを選ぶ仕様なのだ。周りが燃えてもいい場所で、人に迷惑をかける状況がまったくない。そうでなければ使用できない。
だからこそ、上空は格好の使用条件だった。予想通りに親友は絡まった枝を大火力で燃やし始めた。そして落ちる勢いのままスヴェン・ホルトハウスの肩に手をついて押し、反対の手で腹部に拳を叩きこんだ。
「うわー」
あれは痛い。意識を暗転させたスヴェンに、ライナルトは同情を覚える。
「……ちょっと予想外の試合だったわ」
ローザリンデはディーターが勝ったことに嬉しそうにしながらも、スヴェンの様子が心配なようだ。最近親しくしているだけに、気になるのだろう。
「イチゴ君は救護室に連れて行かれているね。様子を見に行くかい?」
心配だろう、と声を掛けたがローザリンデはふるふると首を横に振る。そして視線を防衛科以外の応援席に移す。
「心配なのは、あちらよ」
示した先は彼女が親しくしているサロンのメンバーがいる。ユッテ・アウラー、クリスタ・アイルツ、ジビラ・プレッチュの三名だ。ユッテが蒼白で立ち上がっているのが見える。それを二人が支えながら席を立った。きっと救護室へ行くのだろう。
「治療が終わって起きればきっと大丈夫だと思うわ。わたくしはまだ心から打ち解けていないの。変な気を回されるのは困るもの。行かないわ。それに……」
「ディーターを褒めてやらないといけないから?」
「そうね。勝ったことを共に喜ぶのは親友の特権ね」
憂い顔は一瞬でとろけるような笑みに変わる。ディーターにはきっと一番のご褒美だろう。
ライナルトは戻ってきて、はにかむ表情を浮かべる親友の様子を思い描いた。
***
試合に勝とうと約束してくれた。ユッテは一回戦を見て、危なげなく勝利を手にしたスヴェンにホッとした。だから二回戦ももしかしたら大した怪我もなく勝てるかもしれないと夢想した。けれど相手が誰かとわかってからは、不安が募った。
そしてそれは現実になった。
「ユッテ」
「ユッテ、落ち着いて」
スヴェンが倒れた瞬間、無意識に立ち上がっていた。手すりを力任せに握って、腕の力が入りすぎたのがわかった。
「救護室に運ばれるみたいだわ。様子を見に行きましょう」
クリスタとジビラに両腕を支えられ、救護室へ赴いた。治療が終わるまでは待たされたが、そう時間はかからず中へ案内してもらった。眠っているスヴェンの表情は何の悩みもなさそうで、さっきまでの不安な心はやっと落ち着くことができた。でも今度はすぐに起きると思ったのに、名前を呼んでも、頬をつねっても、頭を揺すっても、起きなかった。救護員によると、奪われた気力をいま回復している最中だから、もう少ししたら起きるはずだと言われた。
「もう少しって……いつよ?」
でもでもなんだか今度はすぐに起きてこないことに怒りが湧いて、寝ている彼を前に愚痴を漏らす。なんでまだ起きないの、あんまり無茶しないでよ、とか小声でぐちぐち言っていたら救護の担当教師にうるさいと怒られてしまった。そのうえ隣の部屋へ行け、とベッドごと移動された。ただ文句を言いながら、それでもユッテはずっとスヴェンの手を握っていた。少し震えた手が規則正しい呼吸をとらえている。
ユッテにはよくわからなかった。こんなに不安になるのは嫌だと思うのに、あたたかな手をうれしいと思う。起きてこないことにムッとするのに、文句を言うユッテを受け止める穏やかな寝顔に安堵する。
「ユッテ、あなたはもう少し節度をもつべきね」
不意にクリスタが告げる。ジビラは首を傾げている。
「彼は女友達じゃないわよ。どんなに気が合ったとしても」
衝撃だった。そんなことを言われるつもりはなかったのに、と思った。ユッテはクリスタの言葉に戸惑いながらも、握った手を離せなかった。それを見て、クリスタはなんだか困ったような表情になる。
「イチゴ君が起きたら、きちんとさせましょう。苦言を呈すつもりはないわ。ただわたしたちは、きちんと彼を理解するべきだと思うの」
クリスタの言い分はわかるようで、理解したくない気持ちもある。
女友達のような者だと認定していた。けれど彼が男として存在していることも理解していた。矛盾した認識はユッテの心に小さく波紋を起こした。
17 黒の目覚め
目を覚ますと手が何かに包まれていた。無意識にふにふにしていると、私の手ごと持ち上げられる。
「……やっと起きた」
「ユッテ?」
どうやら此処は救護室のようだ。殴られたであろうお腹は薬術が使われたのか、痛みはない。
「よ、よかったー!」
ユッテが抱きついてきた。心配してくれたのだろうが、ぎゅうぎゅうとされる様はいささか照れる。さりとて突き放すこともできない。
「あ、イチゴ君起きた?」
ベッドの向こうからはクリスタの声が聞こえる。おそらくジビラもいるのだろう。どうやらユッテの騒ぐ声が他の怪我人の邪魔になるからと、部屋を別にされたらしい。
ぐすぐすと鼻を鳴らすユッテを宥めながら、クリスタたちに試合のことを訊ねる。
やはり私は負けたらしい。ディーターが三回戦へ進み、王子は三学年の先輩に負けたところだという。ただ、途中で説明した土魔法については論議をかもしているらしい。それは後で考えよう。
ユッテはやっと落ち着いてきたらしく、相手が私とはいえ男に抱きついてしまったことに顔を真っ赤にさせていた。
「それにしても強かったね」
ジビラもいつもより興奮しているようだ。かわいいなあ、と思わず頭を撫でてしまう。
「応援してくれて、ありがとう」
だけど何故かクリスタは眉間に皺を寄せていた。心配させすぎたかと思っていると、そうではないことが判明した。
「……イチゴ君、こんな時でなくてもいいとは思うのだけど、前から伺いたいことがあったの」
一度言葉を切ると、常のおっとりした風情とは異なる空気を纏わせた。
「あなたは今、男の子なのよね。でも前世は女だったわ。本当の心はどちらなの?」
ここで訊くのか、とも思うが今だからこそ訊いたのか。ユッテに抱きつかれ、ジビラにやさしくする。彼女たちに私の性は曖昧に見えるのだろう。
「ちゃんと男だよ。身も心も。ただ少しだけ女の子の気持ちもわかる、ね。だからあんまり私に気軽に触れたり、触れさせたりするのはオススメしないんだ。ごめんね」
目に見えてユッテとジビラが固まる。まあ、なんというか自制心は強いと思うし、彼女たちが警戒していないのはわかっているから傷つけるつもりはない。男に恐怖を覚えさせるなんてことするつもりはない。あと今は恋愛ごとよりも将来のことが大事だ。
「そう。わかりましたわ。では、そのようにわたくしたちも心得ます」
そういうとクリスタはおろおろしているユッテとジビラに向き直る。ふんわりと笑うクリスタはいつもの美人さんである。
「ユッテ、ジビラ、淑女として紳士との節度ある距離をお願いいたしますね。イチゴ君も、曖昧な態度はいただけないわ」
「私からは触れないようにするよ。でも、今まで通り仲良くしてほしいな」
いつものように笑うと、クリスタも頷いた。彼女は三人の中で一番身分が高い。責任ある立場だというのはわかっている。誰かが言ってくれないと、私はずっと彼女たちにとって女友達だった。そうではないと何処で言えばいいのかもわからなかった。こんな時ではあるけども、明確にしてくれて助かった。
「それで、体に異常はありませんか」
何でもないように体を心配してくるクリスタ。見た目に反してこの子は結構言う子である。
「もう大丈夫だよ。応援席に戻らないとな。クリスタたちはどうする?」
「わたくしたちも戻りますわ。いいわよね、ユッテ、ジビラ?」
ユッテもジビラも急に首振り人形のように動き出す。
「だ、大丈夫!」
「他の人も応援しないとね」
これはなかなか元に戻れないかもしれないなあと少しさみしく思う。けれど、それでも彼女たちは私の大切な存在に間違いはない。
救護の担当教師にお礼を述べ、私は応援席に戻ることになる。ユッテたちがきちんと席に戻ったことを確認すると、自分の席へ戻ろうとした。
「あ、スヴェン!」
階段の途中でホルストに会った。私の前に立つと体のあちこちを触ってきたので心配してくれたようだ。
「もう何ともなさそうだな」
「うん。大丈夫。靴、すごい役に立ったよ」
「そりゃよかった。あんだけ使ってくれたならうちだって鼻が高いよ」
ホルストが試合前に私に何かを渡していたのを見ていた者もいたようで、秘密を聞きに来たらしい。もう負けた後なのでいろいろ答えて、いくつか注文も受けたという。満足そうだ。
「でも、魔法陣で無詠唱ってあんな綺麗にできるもんなのか?」
「さあ? 誰かで試してもらったらどうだ? 私はもともと無詠唱も条件付きだができたし。陣は基本型だけど、それでも綺麗に魔法が決まるかはわからないよ」
おそらく難しいのじゃないだろうか。魔法陣に普段から慣れていれば容易だろうが。一般の学生はそこまで慣れていない。授業でも使うけれど、基本は詠唱だ。私も魔法陣を使用しようと考えた時にこっそり練習した。紙に書いた陣を手に無詠唱する、それだけでも慣れるまで違和感がある。
「そっかー。じゃあ、そこは親父たちに検証お願いしとく」
「うん。それがいいと思う」
「ところでさ、お前休みはどうすんだ? うちの馬車が来るから乗っけようか?」
「あー、そうだなー。普通に乗合馬車に乗ってってもいいけど、時間かかるんだよね。小兄が迎え来てくれると思うけど。うーん、お願いしていい? 後で手紙出しとくよ」
武術トーナメントの後は長期休暇だ。そしてその後、新学期になると噂のヒロインが転入してくる。ゲームでは。
「あ、イチゴ君だ」
階段で話していたので、上から王子が降りてきた。
「もうすぐディーターの試合だよ。あ、話してるところだったのか。ごめんね」
「いえ、もう終わりましたので。じゃあ、また連絡する」
「ああ」
ホルストが王子に綺麗なお辞儀をして、私に手を振って去っていく。
「上に戻るかい? ローザも心配していたよ」
「はい」
ディーターの試合をきちんと見るのは初めてだ。
18 勝つために足りないもの
「イチゴ君、おつかれさま」
「イチゴ~、よくやったー」
応援席に戻るとローザリンデ嬢を皮切りに、クラスメイト達が口々に試合のことを褒めてくれた。そして秘密は何かと暴きにかかる。もう秘密にすることもないので、コロ商会のことを伝えておいた。
「魔法の行使はわかったけど、無詠唱? できるの?」
「元々土いじりしながら勝手に魔法を覚えていたので、手を地面に触れていればできたんですよ」
私にとってはもう普通のことなので、そのまま答えてやると一様に変な顔をされた。
「あなた、変人だとは思っていましたが、規格外ですわね」
「はあ?」
背後で頷くクラスメイト達の態度が腑に落ちない。
「魔法についてはまた後で講義してさしあげますわ。教師陣も何やらもめていましたしね。それより、もうすぐ試合が始まりますわ」
準決勝まで進んでいた試合、一学年で残っているのはディーターだけだ。三回戦で残っていた二学年の生徒を打ちのめしてしまったので、二学年は全滅している。だから相手は最上級生の三学年。
「しかも相手は同じ王子の護衛の担当」
にやりと笑うお嬢様に、私は試合へ目を向けた。
軽口を言い合って、互いに礼をしている。
審判の構えの合図で二人とも同じ体勢をとる。きっと同じ人から指導を受けているのだろう。
開始の声に、二人同時に動き出す。正面から互いに剣をぶつけ合う。力ではきっとディーターの方が勝っている。相対した時に相手の剣が少しだけ沈んでいた。けれど巧みに力を逸らされている。
「あの人に勝てたことないのよねえ、ディーは」
食い入るように試合を見つめながら、教えてくれる。
「いつも兄みたいに慕っている人だけど、勝ちたい。そう言ってるのだけど……」
簡単に実力は覆らない。
二人のぶつかり合いは続いている。力で押すディーターをいなす先輩。これは勝利をもぎ取るには何か起こさないと難しい。
試合時間は十分間。時間としては短い。だからこそ試される。自分の実力でできる戦い方の構築、相手が決まった時の戦術の柔軟な変更。それを実行に移す力。
剣戟だけが響く試合はなんとも単調だ。ディーターは段々と焦れてきているように見える。相手の先輩はそれを狙っているのか、変化は見えない。
残り二分を切ったところで、ディーターの踏み込みが深くなる。力技で押し込むつもりらしい。しかし振りが大きいので相手にも構える時間が生じている。ふと振りかぶるディーターの剣を持つ手に違和感を覚えた。なんだろう、と思う間に振りかぶりかけた剣は突きへと転じる。
「おお」
思わず感嘆したが、相手も柔軟に構えを変えてきた。逸らした刀身をひねり、応対する。突き出したディーターの腕に手を掛け、地面に引き倒す。
そして首元に剣を突きつける。
ディーターは、降参した。
「お疲れ、ディーター。入賞おめでとう」
結局のところ、三学年の生徒が優勝、準優勝と三位を手にし、ディーターは唯一下級生で入賞となった。不服そうにしながらも、無理やり笑みを作り、学長に褒められて戻ってきたディーターに声をかけた。
「戻ってきてたのか」
私の顔を見て、安堵した表情を見せる。
「今度、手合せ頼むよ。あんな隠し玉は予想してなかった」
「それはこっちの科白だ」
気安い会話ににやっとする。
私とディーターはなんだか漸くちゃんと友達になれた気がした。
初年度の武術トーナメントはこうして幕を閉じた。
そして明後日から休暇が始まる。
19 ただいまのホルトハウス
休暇には課題が付き物である。残念なことに。
防衛科にも課題はある。しかし普通は故郷の騎士団での手伝いとか、軽作業とかのはずなのだが、私の手には大量の紙が握られている。防衛科の担当教師からは先日の武術トーナメントでの反省点をレポートにしろと言われた。それはよい。全然よい。だが何故か魔法師の担当外の教師からも紙を渡された。
「解せぬ」
「そりゃ、お前がなんか変だからだろ」
隣でケラケラ笑うのはホルストだ。コロ商会の馬車で相乗りさせてもらった。今から帰郷するところだ。
魔法師の教師には、私が魔法を覚えた経緯と今回のトーナメントで行使した魔法の理論を説明しろ、と言われた。理論とかわからないのだが。トーナメント後にローザリンデが少し説明してくれたのだが、理論はよくわからなかった。実践はわかるのだが、どうにも頭が考えようとしない。
ちなみにあの後でコロ商会も教師陣から注文や検証について詰め寄られたらしい。検証を教師がタダでする代わりに実験的なこともすることになったとか。
「それにしても、よかったのか」
「んー? ユッテたちのこと? 連絡はするよ。王子も遊びに来たいと言っていたし」
ユッテとジビラはちょっと態度に迷っているようだった。基本的には変わらないのだが、意識されているのがよいやら悪いやら。だがクリスタは変わらないままだ。助かった。今度三人でホルトハウスに遊びに来ると言っていた。
「そっか。まあ、それよりお前は兄貴たちからの説教を心配したらどうだ?」
「なんで?」
「すごろくもだけど、魔法の行使についてどんな覚えさせしたのか、問合せがあったらしいぞ」
……面倒な。いつもは干されていると言ってもいいほど干渉されないホルトハウスに関わるなんて、面倒でしかない。
仕方がない。
領までは数日馬車に揺られる予定なので、その間に出来る課題を進めることにした。ついでに道が悪い箇所を魔法を使ってならしておいた。靴裏の魔方陣を使えば立ったままでいけるし、範囲を設定すればそんなに魔力も使わない。なかなか便利である。
「そういう使い道、よく思い付くな」
「何事も楽にしたいんだよ、私は。それにこれは投資だから」
悪路は誰だって嫌だ。道がよければ来る人も増えるかもしれない。だから、これはホルトハウスへの投資なのだ。
ホルストと一緒にコロ商会へついたら、私は食糧とちょっとした生活用品を購入して、故郷への道へ行く。一日あれば余裕だ。夜営だけ注意すれば問題ない。ホルストにはまた後日と手を振った。
そしてなだらかな坂道を登る。ひたすら登る。馬車ならばすぐだが、ゆるやかな坂道は徒歩だとなかなかきつい。しかしホルトハウスは丘の上だ。休憩を挟みつつ、道を進む。時々また魔法で道を綺麗にしながら。
夜は獣避けの香を焚きつつ眠った。
コロ商会には送ってやると言われたのだが、今回は迷惑かけまくってしまったので遠慮したのだ。
ホルトハウス領内に入ると、帰ってきたんだなと思った。見慣れた風景と匂い、空気を吸い込むとホッとする。王都は面白いところだったけれど、やっぱりのんびりした雰囲気が私には合っている。
「おーい、スヴェン!」
まったりしていると遠くから馬が駆けてきた。よく知る声に私は手を大きく振った。
「小兄!」
下の兄のトビアスだ。
「よく帰ってきた!」
近くで馬から降り、私の髪をわしゃわしゃと撫でまわす。帰郷を喜んでくれる、と思ったと同時に撫でていた手が頭を掴んだ。
「そんで、何をやらかした?」
横から覗きこまれる、その顔に青筋が浮いている。めっちゃくちゃ怒っている。
「第三王子から宿泊の打診が来た。おい、スヴェン、何をやりやがった?」
掴まれた頭に力が入る。悲鳴を上げる私はトビアスの馬に同乗しながら、説明させられることになった。
……舌を、噛むかと思った。
【一学年長期休暇編】
20 トビアス・ホルトハウスの心配
昨年ハーゼンバイン王立学校を卒業した俺の代わりに、今年弟が入学した。入れ違いの為、同じ学校に通えなかったのは寂しいが本人は特に気にしていないようだ。気負いもなく行ってくるね、とコロ商会の馬車に同乗させてもらって手を振っていた。
もう少し別れを惜しむとかないのか、と思ったが兄に半年すれば帰るじゃないか、と笑われた。そうはいっても弟は領から出たことがほとんどない。せいぜいお隣の領に遊びに行くくらいだ。王都は全然違う場所だ。心配だ。
兄にはやっぱり笑われた。しかし別の意味でも心配だ。あいつは兄の俺から見ても変わっている。
弟が変だと感じたのは、俺もまだ学校に行く前のこと。何故かあいつは父よりも母に、そして同時に女の子たちと遊ぶのを好んでいた。それはまあ、大人しい子だと思っていたので構わない。ただ何故か弟は料理と裁縫に興味を示した。百歩譲って料理はまだいいだろう。おいしい料理を作れるのは男であろうとも悪くない。ただ、裁縫は意味がわからない。
針と糸を持って布を繕い、そして編み棒を使って毛糸をくるくる回す。母や女子たちが魔法のように仕上げていくのを見るのは確かに面白いと言えなくもない。ただそれを弟が真似してやろうとしているのはいただけない。何より弟が不器用すぎて被害が増えた。
料理をすれば爆発させる。
繕い物はぼろ布へ進化させる。
家族から禁止を言い渡されたが、その前に自分には才能がないとうすうす気づいたらしい。おとなしく従った。そして少しへこんだその足で、今度は土いじりを始めた。
まずは家庭菜園から始めて、次第に近隣の畑へ手を広げていったそれは、何故かうまくいった。土を耕しながら作物に声を掛け、丁寧に収穫をする。後で土属性を持っているとわかったので、納得したがその時は何故あいつが弄った畑だけがよくなるかわからなかった。皆も声を掛けるのがよいのか、何かを混ぜていたのがいいのか、と考えたが結果は弟の属性だったのだ。だが、皆が試行錯誤したことで、弟の手が入らずともある程度の質を上げることができたのでよかった。
土属性の魔法は俺が知っているものだと地味で使い道がない。土を固めて壁を作ったり、火を消したり、それくらいしか思いつかない。だが弟は土いじりで魔力の込めた土を作り、そして今度は家の壁や柵の補修を始めた。道具も持たずに何をするのか見ていると、魔法を使って穴を埋め始めた。どういうことをしていたか、聞いてみると他の壁から少しずつ材料を流し、均一になるように補修部分に固めていった、ということだ。
そういう使い方するのは珍しいが、俺が知らないだけだと思っていた。
学校に向かった弟からは定期的に手紙が来るが、それ以上にコロ商会を通してホルストから来る手紙が有用だった。
まず弟は何故か王子様と仲良くなったらしいこと、そして男友達よりもまず女友達が出来ていたこと。更にその女子と定期的に茶会を開いていると聞いて、頭を抱えた。兄によれば、見た目や口調のなぜる技だと回答をもらった。でもそれを聞きたかったわけじゃない。
いろいろ情報を集めてみたが、彼女たちとは悪い関係ではないらしい。同じ下級貴族から伯位の令嬢までいるようだが、とても普通の友達のようだ。それに弟は領のことも考えてくれていたようで、新しい娯楽を発明してくれた。
双六というそれは、興味深い。試作品として学校で流行らせたものと、これを領内の遊びとするにはどういうマスを置いたらよいか、と質問が来た。これは家族と主だった領内の役人を交えて考えた。それを元に弟の女友達の一人が試作品を作って送ってくれた。皆で遊んでみたが、なかなか面白い。お試しとしてひとまずお客様に提供してみることにした。
お客様には晩餐の後にちょっと一勝負してもらい、ついでに特別なお土産を渡しておいた。概ね好評だ。そしてコロ商会からは王族預かりの為手が出せない、と文句が来た。ホルストに頼んだんじゃなかったのか。
そこで気づけばよかったのだが、王子様と仲良くなったのは想定以上に恐ろしいことだった。
第三王子のライナルト様に悪い噂は聞かない。彼の側近は決まっている者もいるが、まだ選定中の者もいるようだ。王太子と第二王子に力のある者はとりこまれているためだろう。俺の時は第二王子が同時期に居たが、それは大層な護衛だった。それに比べるとそこまで重要視されていないライナルト王子は少し自由があるのだろう。
手紙で王子様すごい、という内容が届いたがどう考えても不敬をしているようにしか思えない。王族から特にお咎めが来ないということはそれを許可してくれているのだろうと理解したが。
それにしても王子様と同様に侯爵令嬢と親しくなったのには、どうしようかと思った。もうそこは見ないふりをした。
そして大問題は武術トーナメントだ。俺も防衛科だったのだからそれがどんなものかわかっている。しかし一学年では一勝することすら基本は難しい。俺の時は二学年の魔法師型と当たったので、詠唱前の即行攻撃で行けたが、二戦目は普通に負けた。
だからせいぜい勝てても俺と同じくらいだと思っていた。弟は基本的に温厚でおおらかだ。領内でも喧嘩は基本的に避けていたように思うが、仕方ないときは容赦なく叩きのめしていた。意外にも強いのだ。
だから周到な準備をするのを意外とは思わなかったが、その方法は予想外だった。具体的な方法は教えてくれなかったが、コロ商会にお願いしたとだけ連絡をくれた。もっと突っ込んで聞けばよかった。
武術トーナメントには俺たちはいけなかったが、代わりにコロ商会の面々に後で話を教えてくれるようにお願いしていた。が、それでは遅かった。ちゃんと聞いた今ならわかるが、弟は革命的なことをしたのだ。魔法陣は知っている。俺も使うときもある。けれど魔法陣を紙以外の物に組み込むことはまずない。組み込めても使い切れるか、きちんと行使できるかはわからない。それなのに何でもないような顔をして静かに魔法陣を行使して、一回戦に勝った。
そして二戦目でその方法を説明した。皆の前で。
土属性の魔法の使い方もだが、魔法陣の作用は魔法師たちにとって面白い研究対象だろう。武術トーナメントの終わりと共に学校の魔法師教師からは変な質問が来た。そのうえ王子たちとは約束をしたらしく、いつなら来てもいいかと問合せが来た。回答は保留にしているが、さすがに戻ってきたなら返さねばならない。戻ってきたら、領内会議だ。
俺の前で馬に揺られて舟をこいでいる姿はあどけなく、可愛い弟だ。だがこの中にどれだけのものを秘めているのだろう。
戻ってきた喜びと同時に怒りも見せたが、何よりも心配だ。変なことに巻き込まれていないか。いや、どちらかというと変なことに首を突っ込んでいないか。
昔から変な行動をとっていた弟だが、俺にとってはたった一人の弟だ。
眠る弟の頭をベシッと叩く。
「起きろ。そろそろ着くぞ」
う、と唸る弟に俺は苦笑いを浮かべた。
21 ライナルト・フォン・ハーゼルバインの休暇
学校と王宮はそれほど離れていない。寮生活から王宮へ戻ると途端に息苦しく感じる。王宮では王子としてずっと生活しなければならない。学校では王子としてありながらも、学生だった。同年代の多くと同じ場所で過ごすというのも楽しかった。
入学するまではディーターやわずかな側近たちと過ごしていた。それはそれで悪くない日々だったが、刺激は少なく物足りなかった。何処にいっても緊張を強いられるのは疲れた。
学校で見つけた面白い最たるものはスヴェン・ホルトハウスだろう。最初の切っ掛けはただ珍しい子がいる、という程度だ。線のように縦長の少年は身長だけなら学年で一、二を争う。しかし幅がない。あれでも身内の中では太いというから驚いた。ぼくが王子と知ってもあまり態度を変えないところは希少を通りすぎて心配にもなる。だが嬉しかった。
ディーターは警戒していたけれど、武術トーナメントで対決してからはあからさまに気に入る素振りを見せた。強い相手に相変わらず弱い。これで好敵手となってくれるならぼくとしても助かるが。学年で頭一つ飛び抜けているので、まさか魔法を使わされるなど思ってなかったはずだ。ディーターの魔法は最後の手段なのだから。
それにしても不思議な子だ。
ローザが警戒しないというのも気になる。あの子はああ見えて警戒心が強い。だが彼との出会いを教えたところ、途端に自ら皮を脱いだ。それにホルトハウスとつるむ三人の女子たちにも。ぼくも知らない何かの繋がりがちょっとだけ妬ましい。それ故の覗きはローザにすぐにバレたけれど。
ぼくに身分を関係なしに出来る者はいない。それでももしかしたらと淡い期待を持ってしまう。
休みに入ってすぐにホルトハウスへの宿泊を打診した。残念ながらまだ戻っていなくて待たされたが、彼の帰還に時間が掛かるのはわかっていた。行くのはぼくとディーター、それにローザ、あとは護衛と侍女が数人。護衛のせいでどうしても増える人員は仕方がない。日程の調整にも戸惑ったが、彼らは快く迎えてくれた。
ホルトハウス領は自然豊かでのんびりしている。まあ、田舎だ。ただ空気はうまいし、ゆったりしたいときには確かによい。あと料理も頑張っている。
「どうですか? うちのチーズうまいでしょう?」
自慢げに胸を張る彼に、ついつい笑みが浮かぶ。料理を作ったのは彼ではないはずだが、とても誇らしそうだ。
「とても美味しいわ。お土産にいただくことも出来るのよね」
ローザは気に入ったらしい。早速購入の意思を示した。それに喜びながらも彼は他にも見てから選んでみてください、と思いの外控えめだ。主に彼がぼくらについてくれているが、これはどうやら他の住人では荷が重すぎるかららしい。帰郷早々兄に怒られたと舌を出していた。
早々の問合せはホルトハウスの者たちを怯えさせたようだ。少々悪いことをした。
領内をあちこちと案内してくれて、ついでに体験教室もやってみた。あまり身分の高い者はしたがらないらしいのだが、なんでも経験だ。牛の乳搾り体験はなかなかに興味深かった。
それから彼の手がけているという畑も見せてもらった。土属性と知る前から手をかけていたということで、普通の畑に応用できることもあるらしい。他の地域とかに広めることも可能か、と尋ねたところひとつひとつは大したことがないものなので、やりたければやればいいと返ってきた。実際に領内の畑でも行われ、効果があったものは他領にも勧めてみようと思う。
ホルトハウスに居たのは三日ほどだ。それでもゆっくりした時間を過ごすことができたと思う。王都のように賑やかではないし、欲しいものも簡単には手に入らない。それでも楽しいと思える時間だった。
「ところでイチゴ君、今後どうするんだい?」
楽しい時間は早く過ぎてしまう。帰る間際に気になることを聞いておこう。尋ねるとしかし彼は首をかしげる。
魔法はあまり得意でないと言った彼の使い道が皆のしていない使われ方だ。魔法師の教師たちからは注目されているはずだ。騎士になるのだ、と言った彼の未来図には他の道も繋がっている。
「あー、うーん、特になにもしないですよ。このまま控えめな騎士になりたいと思っています」
欲をかかないこの学友が、ぼくは本当に面白いと思う。うっかり声をあげて笑ってしまった。
出来れば学校にいる間はこのままただの友達でいたい。
22 クリスタ・アイルツの世話焼き
学校で仲良しなお友達なんてできるかしら、と入る前は悩んでもいたけれど取り越し苦労でしたわ。初日からかましてくれたイチゴ君に目が飛び出るかと思いました。そしてすぐにユッテが動いたことでわたくしも知ることができた。転生なんて夢物語が存在していいとはね。
ユッテとジビラは秘密を知る大事なお友達になったわ。ただイチゴ君は大事だけど、わたくしにとっては利用してもいいお友達かしら。当人もわたくしの性格を把握してきたみたいだもの、せっかく害のない異性の友達なのだから使わせていただきたいわ。
長期休暇は王子たちの日程からずらして、わたくしたちもホルトハウス領へ向かいました。ユッテが意地を張って行かないと駄々を捏ねたりもしたけれど、行ったら行ったでイチゴ君に請われるまま色んな料理を教えていたわ。素直じゃないわね。ジビラは二人の様子にホッとしていたから、休暇前に驚かせ過ぎたわね。あの子はいまの穏やかな関係が変わることを恐れていた。それでも最初に異性であることをきちんと認識させておかないと、イチゴ君を利用して近づかれることもあるからね。イチゴ君は一応わかっているみたいだから、わたくしたちといるときは周りを見てくれている。紹介してほしい、という話があるのも知っている。けれど未だに紹介されたのはイチゴ君のルームメイトくらいだ。守られていることは気づいている。
「ここはゆったりした時間が流れているよね。気持ちいいなあ」
ユッテが長椅子に背を預けるとイチゴ君の表情が和らぐ。
「気に入ってくれたなら嬉しいよ。そうだ、後で兄が挨拶したいそうなんだ。連れてきていいかな」
「お、お兄さん? なんで?」
凭れた背をシャッと戻すユッテには生憎だが、おそらく双六のこととか仲良くしてることへの感謝だろう。双六はわたくしたちの手を借りたことを伝えた、と言っていた。あれは雨の日はもちろん、寝る前の一勝負としてなかなか遊んでくれているらしい。
「ホルトハウスのことに親身になってくれたからね。とても助かったんだ」
やはり双六のことらしい。
そういえばイチゴ君には兄が二人いて、どちらも領内で基盤を作ることを考えているらしい。だからイチゴ君は外に出ることを考えているのだろう。これはユッテにとって喜ばしいことになるのだろうか。
イチゴ君の兄という人は翌日会うことが出来た。上のお兄さんはやさしそう、というか少し心配になるくらい細い人だった。これでも太い方だと言ったイチゴ君の言葉は本当だったらしい。ちなみに下のお兄さんも細いが、そちらは筋肉がしっかりついているのがわかる。防衛科だったそうなので、次期領主としてよりも領内の警備担当なのだろう。三人並ぶと表情がよく似ている。ふっと薄い笑みを浮かべた時など特に。
「色々と弟が世話になったと聞いている。感謝申し上げる」
長兄は少々堅苦しいようだ。領内に立つ立場ならばそれも仕方ないことだろう。ユッテとジビラは案の定固まっていた。
「それに皆美人なお嬢ちゃんたちだな。我が弟ながら羨ましい」
人好きのする笑みの次兄はその弟の頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜていた。力の強さにイチゴ君の頭が揺れに揺れていた。
「滞在する間に、よければ学校での様子を教えてくれるとうれしいな」
社交辞令のようにも思えるその言葉は思いの外、真剣な色を持っていた。きっと武術トーナメントや王子の滞在でやってしまったことを知りたいのだろう。差支えのない程度に情報を流すことにしよう。ユッテたちも少し呆れた顔でイチゴ君を見ていた。当の本人は、そんな恥ずかしいことはやめてよね、と呑気なものだったが。
さて、楽しい旅行ももう最後となった夜に、わたくしは三人に時間をとってもらった。
ローザリンデ様からの伝言をしなければならない。先にホルトハウスへ来たローザリンデ様はどうしても機会を得られなかった、と手紙を寄越してきた。
「ヒロインが転校してくるわ」
わたくしはローザリンデ様からの手紙を机の上に広げる。内容はハック子爵の娘として後期から学校に来るだろうということだ。まだ本人には会っていないが、公爵から不足がないように手を貸してやってほしい、と言葉を頂いたらしい。
「でもマルトリッツ公爵様はハック子爵の娘なんて構わないでいいんじゃないのか。身分差が激しいだろ」
「イチゴ君、それはゲームの設定でね。公爵様とハック子爵は実は身分を超えた親友というやつなのですよ」
ユッテが頬を掻く。そう、設定なのだ。まさかここでその設定くるんだ、とわたくしも思ったわ。
「うーん、でもまだ会ってないならどんな子かわからないと動けないね」
せめて性格がわかれば、とジビラも呻く。素直で害がなさそうならば特に問題はないのだけれど、問題は素直で明るくて王子たちを籠絡していく性格な場合だ。しかも悪意がなかったら余計に性質が悪い。寧ろ同じ転生女子の方がなんとか出来そうだけれど。
「女子の輪の中にさすがにこれ以上入れないなあ。私の場合は王子たちとの様子を気にした方がいいか」
「そうね。お願いしたいわ」
逆に男の子たちの中での評判はわたくしたちから容易に尋ねることは憚られる。下手に詮索すると面倒なことになるかもしれない。
「あとね、これは学校に行ってから命令になるみたいだけど、イチゴ君に魔法師の実験が義務付けられるみたいよ」
「はあ?!」
すごい形相で向けられた顔には困惑がありありと浮かんでいる。だがこれに関してはわたくしも知らないのだ。
「ええ? どういうこと?」
「ごめんなさいね。ただ伝えてってことだったの。ちなみに授業を受けることはしなくていいみたいよ。その代わりに誰か魔法に詳しい教師がつくとの話よ」
何とも言い難い表情を浮かべている。仕方ない。目立つ真似をしたイチゴ君の自業自得だ。
「……こんな面倒なことになるなんて思わなかった」
深い溜息を吐くイチゴ君に皆乾いた笑みを浮かべる。なんとも声はかけられない。
でもわたくしは少し気になっている。わざわざローザリンデ様が伝えてきたこんな情報。ただイチゴ君の困る様子を見たかったという理由もありそうだが、それだけで一個人の情報を流すとも思えない。
でもすべては学校が始まってからだ。ヒロインのことも、イチゴ君のことも、わたくしたちのことも。
「ああ、休み明けが憂鬱だよ」
肩を落とす友人の姿に不謹慎ながら、わたくしは笑ってしまった。
【一学年後期】
23 変化変化の新学期はまだ初日も初日
魔法師の教師からのレポートはなんとか終わらせた。理論とか言われてもどう書けばいいのか。仕方なく、なるべく私の感覚を言葉で出せるように説明した。とても突っ返されそうな気もするが、これで諦めてくれたら助かるのだが。
「スヴェン」
食堂の端でレポートの見直しをしていると、ちょうど来たらしい王子とディーターがいた。休暇中のお礼を述べ、隣を勧める。王子はホルトハウスに滞在した後、控えめにだが宣伝してくれたらしく少し客足が増えた。おおっぴらに宣伝しなかったのはこちらのことを配慮してくれたからだろう。大挙してこられたら対処できなかった。
「兄たちにも話しておいたから時間が出来たら来るかもしれないよ。その時はよろしくね」
「……まあ、所々引き攣っていたから、行かないかもしれないが」
牛の乳搾り体験はやはり王子がするようなものではなかったらしい。目を逸らすディーターに私も苦笑する。
「ところでハック子爵の話は聞いたか」
どうやらこちらが本題のようだ。ローザリンデの手紙の内容しか情報は持っていない。
「どんな娘なんですか」
「生憎ぼくらもまだ会っていない」
ローザリンデはさすがに会っているようだが、そこから王子たちへ情報は流れていないらしい。いいのか悪いのか、気になるところである。
「まあ、よっぽどなら父君へ苦情がいくはずだ」
特にないということは一応及第点はもらえたのだろうとディーターが言う。これ以上話を膨らませることは出来ないからか、王子が別の話題を投げてきた。
「そっちも気になるけど、イチゴ君の話も聞いているよ。魔法剣士目指しているなら、ある意味よかったんじゃないかな」
「魔法は補助のつもりだったんですけどね。まあ、仕方ないんで出来る限り物にしたいと思っています」
「うん。頑張って。もしいい結果が出せるようなら、ぼくの護衛に立候補してもいいよ?」
さらっと笑う王子様に私も笑みを返す。
「私の能力では難しそうなんで早々に辞退申し上げておきます」
目を丸くする二人は少し気分を害したようだが、この場では流してくれるようだ。そっと溜息を吐くと、小さく苦笑した。
数日のうちにユッテたちも学校へ戻ってきた。休暇中のお礼を言うと、三人とも楽しかったと言ってくれたのは嬉しかった。お客様として意見があればまた聞きたいところだ。
新学期の始まりに全校集会などはなく、軽いホームルームの後はすぐに講義に移る。ローザリンデ嬢の姿は当日のホームルームにてやっと窺うことが出来た。彼女の影に隠れるように、一人の女生徒が佇んでいる。
あれが転校生のヒロインのようだ。
教師によってハック子爵の娘が転入することになったと伝えられた。ローザリンデ以外にも何か困っていたら手を貸してやるように、と伝達された。皆の視線にさらされた少女はびっくりしたのか、ローザリンデの背中に隠れた。先ほどまでは顔は見えていたのだが。
休憩に入るとローザリンデが彼女を連れて真っ先に私たちの方にやってくる。目的は隣にいる王子とディーターであろう。案の定まっすぐにライナルトの前に立つと優雅に礼をとった。ぎこちない様子で彼女もそれに倣う。
「ライナルト殿下、休暇中は大変お世話になりました。また共に学ぶ機会を得ましたこと、嬉しく思います」
一度言葉を切ると、ローザリンデは隣で小さくなっている転校生を示す。
「彼女は先ほど教師からも紹介されました、エリーゼ・ハック子爵令嬢です。わたくしも指導していきますが、まだ貴族社会に不慣れな者ですので、何卒ご容赦頂ければ幸いです」
「え、エリーゼ・ハックと申します。で、でで、で、殿下にご拝謁できて、大変嬉しくおもいましゅ……」
見るからに緊張しまくっている。さすがに笑うわけにはいかないけれど、王子の肩が一瞬震えたのが見えた。この王子、実は笑い上戸だったな。
「そんなに緊張しないで。ここでは同じ生徒だ。皆やさしく手解きをしてくれる。もっと気楽に学校を楽しむといい」
「はははいいいぃぃ!」
普通に考えて王子に声をかけてもらえることなどないのだから、仕方がない。王子もちょっと笑うとその場を離れた。私も次の講義は同じだからと、腕をとられる。その代わり、今度はユッテとクリスタに声を掛けている。次の講義が早速選択ごとの講義なので、家政科の転入生と別れてしまうらしい。ジビラも違うので軽くだけ挨拶をしている。
離れながらちらっと振り返るとものすごく不安そうな顔をしているのが見える。真っ青通り越して真っ白になりかけているが、大丈夫だろうか。
「スヴェン、あっちはアイルツ伯爵令嬢がいるなら何とかなるだろう?」
「ん、んー、まあ、そうだな」
クリスタならばローザリンデからの信頼も厚いだろう。
「ローザも後で追いついてくると思いからとりあえず行こう。姿が見えると恐縮してしまうみたいだからね」
王子がそう言いながら早足で進む。その横に慌ててディーターが並ぶ。
講義の教室に入り込むといつもの席に着く。今から始まるのは防衛科一年共通の座学だ。
席は基本自由だが、自然と誰がどの席にと埋まっていた。私はやや後方左側の席だ。あまり私が前の方の席に陣取ると、おそらく見えないと苦情が来る。そして王子とディーターは私の斜め前の席に座っている。
ややするとローザリンデがやってきた。私たちの姿を見つけてホッとした顔をしている。そしてすぐ後に教官もやってくる。少しは話がしたかったが仕方ない。
教官は教卓に手を置くと話し始めた。
「皆さん、今日から後期最初の講義となります。前期より踏み込んで詳しく見ていきたいと思います」
ふと違和感に気付く。いつも座学は一人の教師しかいないのだが、今日は数人の補助がついていた。他の講義で見る者もいるが、一人まったく知らない教師がいる。
首を傾げていると、ちらっとこちらを向いたような気がした。
「さて、踏み込んだ内容ということで、何人かの生徒でそれぞれグループに分かれてもらう。補助として各教師をつけるから後期の合格目標はそちらから聞くように。それでは名前を呼ばれたら前へ出なさい」
教官の声に意識を切り替える。一人ずつ名前を呼ばれ、チームが出来ていく。王子とディーターは今回別のチームにされていた。その代わりローザリンデ嬢は王子と一緒だ。どういう意図があってのチーム訳なのだろう。そうして少しずつ名を呼ばれ、チームが出来る担当教師から課題を与えられているようだ。だけれど一向に私の名が呼ばれない。
やがて最後の一人として、私は呼ばれた。
しかしチームと言いつつもう残っているのは本当に私だけだ。首を傾げつつ教卓の前に出ると、教官は見覚えのなかった教師に手招きをする。
「ホルトハウス、生徒は君一人だがチームとしては二人だ。担当は彼、カールだ。よろしく頼む」
「……はい」
見るからに渋々で返事をするカールとやらは、かなり若い。下手すると上の兄と同じくらいかもしれない。それより教官の説明が足りなさすぎてとても突っ込みたい。何故私だけ一人なんだ。少なくとも他のチームは三人以上だったぞ。湧きあがるものを色々と飲み込んで、カールに向き直る。
「ええと、スヴェン・ホルトハウスです。よろしくお願いします」
礼儀は大切だろうと頭を下げると、相手は僅かに目を瞠る様子を見せた。ほんの僅かの動きだったが。
「……カール・フィッシャーだ」
私の気のせいでなければ、声には僅かな怯えが含まれていた。
24 魔法師でないと言いながら魔法師以上とはこれ如何
カール・フィッシャーと名乗った教師は本当に若かった。まだ二十三歳。このハーゼンバイン王立学校の卒業生でもあるらしいが、この若さで教師になれたということはかなり優秀なのだろうか。
「……ええと、ホルトハウス」
「スヴェンでいいですよ」
他のチームは和気藹々としているが、こちとら二人しかいない。和やかムードなど皆無だ。戸惑いからの手探り状態だ。
「一つ聞きたいことがあったんだが……」
ひどく言いにくそうに口ごもるカールに不思議に思う。今まで相対したことはないはずだ。それとも知らないうちに接触していたのか。
「……お前が双六を作ったのか?」
「は? そうですが?」
予想外な質問だ。質問の理由がよくわからない。何かもごもごと口の中でぼやいているが、はっきりと口にしない。
「なにか?」
「……いや……もういい」
疑問があるなら聞いて欲しいとこちらから振ってみたが、カールはやはり口ごもる。なんかすごく疲れた顔をしているが聞くのはやめるらしい。
「講義内容に戻る」
無理矢理話題を変えた彼はひとまず自己紹介を始めた。カール・フィッシャー、なんと防衛科ではなく家政科の教師だという。ただ講義は持っておらず補助として色々な教師にこきつかわれているようだ。今回防衛科の講義に参加する羽目になったのは自分の魔力の高さのためらしい。
「事情があるんだ」
「はあ」
高い魔力を制御する術を学ぶという目的もあり、卒業後まだ学校に留まっているらしい。ちなみに家政科の講義はきちんと履修しているので出るとこに出れば、きちんとした応対は出来るらしい。今は私が相手なのでその能力は発揮しないといわれた。
肝心の講義内容であるが、今回は見ての通りチーム戦である。各チームごとに達成目標は異なっているという。私とカールの達成目標は武術トーナメントで使ったような魔法陣で他チームに勝つ、というものである。しかも全チームに。
不利じゃないかと抗議したが、一チーム負かせばとりあえず単位はくれるらしい。そう考えると他のチームもきっと同じような条件が課されているのだろう。勝利条件はわかったが、講義中でなければ勝敗はつけてもらえない。事前準備が必須だと考えると二人なのはやはり不公平な気がするが。
「魔力なら貸してやる。実験も兼ねてなんだろ。オレとお前の陣の」
渋面を作るとカールが目をそらしつつ答える。
「オレの魔力は多すぎてな。減らせるなら歓迎するよ」
「そんなに?まあ、私は魔力が多い方じゃないから助かるけど。それにしても魔法師じゃないのに魔法師の真似事して大丈夫なんですか」
「そこは気にするな。魔法師ではないが、本職の奴らに引けはとらない」
そこで初めて笑みらしいものを浮かべた。若干悪どいものだったが、昔何かあったのだろう。とりあえず一々畏まった態度も必要ない、と言われたのでもう砕けた口調で押し通す。あまり教師ぽくないせいか年上の友人ができたようだ。
ひとまず今日のところは私が武術トーナメントで何をしたか、と他愛ない話をして終わった。観戦はしていたらしく、カールもそこは興味を持っていた。だが実際にしていたことを話すととても地味だな、と感想を頂いた。
「まずはその仕組みとどうやって勝てるように作戦を立てるかが問題か」
最初はやる気がなさそうだったが、やはり気にはなるようだ。実験に少しだけ積極的だ。
「あとでコロ商会の幼馴染にも声かけときますよ。作ってもらわないと私たちだけでは多分難しいので」
「うむ。経費で落とせるように教官に伝えておく」
「お願いします」
次の講義までに私たちは作戦を考えることに決めて、別れた。
放課後、ローザリンデ嬢からサロンへの招待を受けた。要件は十中八九転校生のことだろう。久方ぶりのお茶会に赴けば、いつものメンバーが揃っていた。ちなみに今日のお菓子はわらびもちらしい。
「来たわね」
「朝はゆっくりお話し出来ませんでしたからね。彼女のことでしょう? 家政科ではどうでした?」
ヒロインは彼女だろう。
エリーゼ・ハック子爵令嬢。先ほど会った限りでは引っ込み思案なように見えたが。
「そうですわね。おとなしくしてましたわ。まだ勝手がわからないようで、おどおどしてましたけど」
「ねえ、ローザ様、エリーゼさんはわたしたちとは違うんですよね」
家政科であるクリスタとユッテは一緒に講義を受けて、違うと判断したようだ。ジビラと私は接触がなさすぎて判断できない。おとなしく彼女たちの会話を聞いている。
「……ええ。休みが明ける前に会ってから言動を見ていました。またいくつか質問も浴びせてみましたがほぼ間違いなくわたくしたちとは別ですわ」
ローザリンデ嬢は休みが明ける少し前に引き合わされたという。そしてまずは敵対しないように、刺激しないように、とやさしく対応したらしい。おかげですぐに彼女はローザリンデを信頼した。
「あの、怯えていた様子だったのは慣れていなかったからでしょうか」
「あれは彼女の性格もあるようですわ。元々主張の控えめな子なのと、母親が亡くなってしまったことで心の支えがなくなっているのよ。平民から貴族になってしまったことで色々精神的にきているの」
質問したジビラも控えめではあるが、元々貴族であるし、彼女の両親は健在だ。
「もう少し学校に慣れれば、不安は減ると思うわ」
エリーゼ嬢が母親を亡くしたのはまだ半年ほどのことだという。母を亡くした代わりに父に迎えられたのは、生きていくということにおいてはよかっただろう。だが平民から貴族になるということは大変だ。崖っぷち貴族の私だとて、平民と同じように生活していてもまったく同じではない。すべてにおいて責任を求められるのだ。上に話を任せてしまえ、と投げることは簡単に出来ない。
「貴族の常識については勉強中ね。家政科ならある程度の常識も身に付くと思うから、彼女の頑張りにかけるしかないわ。でも、そうじゃなくてね。わたくしが一番気になるのは、それでも彼女は殿下たちを魅了するか、という点よ」
ヒロインで間違いないだろうエリーゼ・ハック。
しかしヒロインという自覚はなくともゲームのように王子たちを落としていくのか。
確かにそれは、とっても重要だ。
25 転生女子会(という名の会議)のヒロイン考察
「王子とディーターの様子は特に変わりなかったよ」
挨拶に来たローザリンデ嬢とエリーゼ嬢と話した後、次の講義が始まるまでは特に変わりがなかった。それはローザリンデ嬢もわかっているだろう。
「ええ。ただ今後イベントが発生するとか、イベントが機能するとか、あると困るじゃない」
「困るというか、わたしたちは直接関わりないけど、なんか簡単に落とされるのも嫌よね」
「それはあるね……」
ローザリンデ、ユッテ、ジビラがどうしたものか、と話している。そもそも私はこのゲームをプレイしていない為、何処にイベントがるのかがわからない。注意点として聞いていた方がいいんだろうか。
「イチゴ君の場合はコロ商会のホルスト君に気を付けてあげたら?」
「え? なんで?」
「攻略キャラだって言ったじゃない」
素で忘れていた。
しかしホルストの攻略はコツコツタイプのようで、ひらすら話しかける、商人としての彼に用事を頼む、といったものらしい。
「でも現状知り合いじゃないからなあ」
気を付けようがない。
「そうね。でもいつ何処で知り合いになるか、わからないわ。時々様子を見てあげてね」
そもそもあの状態のエリーゼ嬢は誰かと仲良くなれるんだろうか。急に環境が変わっていろいろ大変なのは理解できるが、それにしても余りにも挙動不審だ。王子やその周辺が今はやさしく見守ってくれているが、なるべく早く落ち着いてほしいものだ。
「家政科での講義はどうだったんだ?」
「今日は前期の復習と彼女や他の科から移った子たちの紹介だったわ」
クリスタが説明してくれる。しかし今聞き捨てならないことが含まれてなかったか。
「科を移るって、出来るのか?」
聞いたことがない。
「普通は駄目だけど、防衛科の講義で大怪我をしたとか。あ、あと経営科に移るのは結構あるみたいよ。継ぐ予定の兄や親族に問題が起きた時に」
確かに致命的な怪我をしたり、跡継ぎに急に指名されたら変更するしかない。とはいっても防衛科の一年の講義で大怪我をしたという話は聞かない。もしかしたら致命的に才能がなくて転科を勧められたとかかもしれない。そんな奴いただろうか。
「まあ、そこはよくてね。エリーゼさんは不安で仕方がないって感じだったよ。ずっとわたしとクリスタの後をついて回ってたもの」
「ちょっと可愛いと思ってしまいましたわ」
ユッテもクリスタも嫌ってはいないみたいだ。
私と同じでほぼ接してないジビラはよかったね、と笑っている。だがローザリンデ嬢はちょっと困った顔だ。
「一通り躾けたのですが……。ううん、失敗がなかったのなら喜ばしいですわね。講義態度については少しお話しておきますわ。このまま二人にずっとついていては迷惑をかけてしまう」
確かにずっとついていくわけにはいかない。
「なんか他の子たちからも庇護欲はそそられるってこっそり言われてたから、嫌われなかったことはいいことかもね」
苦笑しながらユッテが答える。
「ヒロインとしての脅威は今のところありませんね」
同意するのはクリスタだ。エリーゼ嬢に関しては、結局のところ静観するしかないという結論に達した。
男と話しているのが、王子のところに挨拶に来た時だけなので、情報がなさすぎるのもある。あんなにおどおどしていて、いきなり態度が変わることもないだろう。変化があったらその時こそ要注意だ。
その後はのんびり休暇中の話や、新学期の講義での話になった。ローザリンデ嬢にチーム戦について聞いたところ。メンバーだけは教えてくれた。殿下と彼女の他は政治の中枢にいる者の近しい親族らしい。つまりは普段護衛がついている者たちで集められたということだ。勝利条件は教えてくれなかったが、もしかしてこれは護衛なしで負けないこと、が勝利条件だろうか。
私のことも聞かれたので生徒は一人で教師と二人のチームだと言うと、頬を膨らませて笑うのを堪えていた。もういっそ笑ってくれていいよ。
ちなみにわらびもちは大変美味しかった。これもユッテ作らしく、満足そうな笑みで頷いていた。
女子会(寧ろお菓子試食会か)を終えて寮部屋に戻ると、ティモとフェリクスが迎えてくれた。遅くなったことにお茶会のことを話すと両頬を引っ張られたが、そこは甘んじて受けよう。
二人のことは紹介しているが、そもそも学年が違うのであまりユッテたちと会う機会がない。加えて公爵令嬢であるローザリンデも参加してしまったので、逆に畏れ多すぎて混ざりたくても混ざれない会になってしまったらしい。何故仲良くなるのか、とフェリクスに今度は頬を潰された。
26 教官室は密談の場所
本来私は運動の方が得意である。魔法師の講義は申し訳程度にしか受けていない。それなのに今、魔法師の教官室に連れ込まれている。禿頭で髭もじゃの爺先生に呼ばれたのだ。
しかも、何故か部屋の中にはカールが居た。爺先生の計らいらしい。そういえば彼と講義以外で連絡を取る方法がなかった。
「すみません、教官」
「よいよい。この部屋が空いている時はいつでも使えばよい。科の違う教官と生徒では相談が容易でないからの」
カールに倣って私も頭を下げておいた。どうやら彼も困っていたらしい。
「で、本当に簡単な方針は決めたが、他のチームの情報を集めないと難しいだろう?」
先日はやる気がなさそうだったのに、何だか今日はやる気に満ちているようだ。前回より覇気がある。
「これは他のチームのリスト」
そう言って渡されたのはチームごとの名簿だ。これはすごく助かる。だが他のチームでも担当教官から渡されているという。なので、これを元にどうするかが問題になる。
「私たちすぐに狙われそうですね」
何しろたった二人だ。しかも生徒は一人。狙い目にしか見えない。
「うーん、コロ商会にまず連絡を取りましょう。カールの足のサイズを教えてくれるか」
「ああ」
チームは全部で七あり、それぞれメンバーを見れば傾向がわかり。狙われやすいのは当然私たちだ。生徒は一人だけ。しかも攻撃するのはカールだけしか許可されていない。
「陣はどれを刻むんだ?」
「カールの魔法属性は何? それで決めるよ」
「魔法属性……」
何故か首を傾げられる。
「あるだろ? ……ないの?」
まさか、と問えばきょとんとした顔で首肯された。どういうことかと問い詰めたいが、彼がこの学園に卒業も留まっている理由がここにあるようだ。二つ以上の属性を持つ者は聞いたことがない。もしかすると逆に特化した属性がないから満遍なく使えるバターンだろうか。
「基本的にどれでも使えるが、火や水は被害が出る。土は掃除が面倒だな。風にしとくか」
詳しく訊かれるのを嫌がったのか、カールは刻む属性を消去法で決めていく。風も被害がないとはいわないが、比較的少なそうなのでその案にのることにする。
「ただ風魔法には詳しくない。なんとなく想像はできるが、うまく使うには他に何が必要かな」
「吹き飛ばせばいいんだろう? 開けた場所に誘導してくれたら竜巻でとばしてやる」
何でもないことのように言うが、ストームの魔法は高難度だったはずだ。しかも開けた場所と言っても校庭以外の場所だと使用するには不向きだ。最悪建物が吹っ飛ぶ。それならまだ水か土の方がマシだ。
「手を広げたくらいの空間さえあれば問題ないぞ」
こともなげに言う。一体この男の自信と魔力はどこから出てくるんだ。
「そこは気にするな」
「わかった。気にしない」
変なことに巻き込まれるのは本意ではないし、私が知る必要がないなら気にしないことにする。だが頷くと、カールは変な顔をする。まるで珍妙な生物を見つけたとでも言いたげだ。
「気にしてほしくないんだろう? 私だってあまり突っ込まれたくないこともある」
転生者であることとか、特に気にしてほしくないことだ。彼もひとまず納得したようで、そうだな、と小さく返した。
それからはどうするかの話し合いだ。出来ること出来ないこと、そしてどうやって他チームに対するかの意見交換だ。チームは私たちを含めて七チームある。その中で私たちが狙うのは騎士のみで構成されたチームになった。
「混合チームは?」
「来たら迎え撃つ。しかし最初の狙いは騎士のみのチームだ」
カールが言うには魔法師がいないチームを倒しても単位がもらえないらしいので、一番人数の少ない私たちに絞ってくると考えているらしい。
ただ騎士と魔法師の混合チームも向かってくる可能性はある。
「あと、戦うのはカールだけだよね。騎士たちに体力で勝てる?」
見た感じでもやしのようなカールだ。非常にそこが心配なのだが。
「まあ、なんとでもなる」
ふい、と目を逸らされる。体力に自信はなさそうだが、それでも勝てる目算があるというならお願いするしかない。
「ああ、あと、もし負けても何度でも挑戦することは可能だ。その代わり目の敵にされる可能性もあるけどな」
軽い口調で告げるカールに私は顔を顰めた。
それはフラグというやつではないだろうか。
27 侮られるのは許容しても、承知はしない
爺先生の講義以外は基本的に今までと変わらない。それはつまり合同授業もいつも通りということだ。突然の避難誘導や不審者の侵入、技師技能科の暴走、急遽始まる個人的な喧嘩など、結構色々あった前期だ。後期最初の講義はどうかというと、至極穏やかである。というか今回はいつも護衛として佇む私たちが接待を受けている。
講義の内容としては、騎士として招待を受けた時のマナーだ。そして今回はどちらかというと、家政科の実習と経営科の対応が講義内容のようだ。おかげでいつもより私たちは気が休んでいる。ただし相手は三年の家政科と二年の経営科だ。顔見知りがそういるわけではない私は少々落ち着かないし、王子の対応に当たった人は何もする前から胃をおさえていた。
「可哀想だなあ」
他人事のように呟けば、相席しているティモも私の視線を追って同情を見せた。
経営科は防衛科の相手を二人指名する。そしてその相手の情報を得るよう会話を進めるのだ。
「それは同意するな」
ティモは最初に指名してきた。慣れているというのが大きいのだろう。
「ティモは王子を指名しないの?」
「してもよいのだが、どうも罰ゲームのような扱いになっていてな。あれで殿下も楽しんでいるようだから指名はしないつもりだ」
そう言いながらホルトハウス領の現状を聞いてくる。それくらいならば全然問題はない。
「そういえばチーム戦をしているようだな」
「科が違っても知ってるのか」
「毎年後期になると防衛科の者たちは大変そうだからな。ちなみに二年も三年もやるんだぞ。こういう時は経営科でよかった、と思っている」
しみじみと呟くティモにひどい、と思う。しかし毎年なのかと少し絶望した。まさかこのチームのまま、ということはないだろうが。カールが嫌いなわけではないが、普通に私にも参加させてもらえる講義にしてほしい。
「家政科のフィッシャーだったな」
ティモが意味ありげに問うてくる。
「何か問題?」
「いや、……以前に防衛科三年の講義に駆り出されていたのを見たんだ。生徒の魔法攻撃をすべて弾いていた。なんで家政科なのかと思ってな」
魔力が多いらしいとはきいたが、すべてとはなんだろう。どれだけ化け物なんだ、それは。
首をひねる私に頑張れ、と苦笑いを浮かべてティモは席を離れた。結局彼より私の方が情報をもらった気がする。
二人目は初めましての女性だった。
「マルタ・ガストよ。初めまして」
「スヴェン・ホルトハウスです。よろしくお願いいたします」
経営科に女生徒はそう多くない。女性の官吏もいるので、多くはないが特に問題があるわけではない。ただ自分がなるという意思を持つか、事情があって次代を担わなければという状況でなければ、大体男が多い。それなりに前は仕事で充実していたことを思うと、もっと女性が活躍していてもいいと思う。
「ホルトハウス君とは一度話してみたかったんだ」
「それは光栄です。何か聞きたいことでもあるんですか?」
ガスト先輩は目を輝かせて首を縦に振った。私よりも随分ちんまりした先輩は小動物のようでかわいらしい。
「殿下と仲良くなったんでしょう? あとローザリンデ様とどんなことをいつも話しているのかな、と思って」
興味津々な様子の先輩に少し困る。
「どんな、と言われましても……」
「まずは殿下の普段の様子を教えてよ。教室で皆と仲良くしてる? 誰と仲良し? どんなことが好きそう?」
矢継ぎ早にかけられる質問に当たり障りのない程度で答えることにする。
「真面目に受講されていますよ。一緒に居るのはやはりディーター・アンハイサーですかね。よく和やかに話をされています。級友たちにもやさしく話をしてくださいますよ」
ガスト先輩はふんふん、と頷いている。こんな情報で喜ぶなんてどれだけ王子のファンなのか。
「あと意外と笑い上戸ですよ」
「ええ!」
これくらいはいいかな、と付け加えるとますます楽しそうだ。申し訳ないが王子様には少し犠牲になっていただこう。そう思っていたのだが、急に先輩は口を噤んだ。
「スヴェン、あんまりこいつに情報を流すな」
背後に立ったのはディーターだ。
「なんで?」
「校内新聞作ってる奴だ」
「あー……、なるほど」
先輩をひと睨みして、ディーターは去って行った。わざわざそれだけの為に来たらしい。視線を戻せば小さくなっているガスト先輩がいる。
「ごめんねぇ~」
「あはは、怒られちゃいましたね」
ガスト先輩は新聞サークルのメンバーで、今回の講義にこれ幸いとネタを探しに私を指名したらしい。単純に武術トーナメントでの興味もあったようだが。
「でも君、ほとんど有用なこと話してくれないね。これは殿下もいい子を見つけたもんだ。笑い上戸、ていうのは初めて聞いたけどね」
謝りながらも残念そうに口を尖らせる。
「本当はローザリンデ様についても聞きたいんだけど……ダメ?」
自分の見せ方をよくわかっている女性だ。ガスト先輩は小さくて可愛らしい。そんな人から上目づかいで見られたら、ぐらっときちゃう人もいるんじゃないか。
「ローザリンデ嬢のことはさすがに話せませんよ。私たちのお茶会について気になるんでしょうけど、我慢してください」
「そこを何とか」
「駄目ですよ。私の信用に関わります」
うるうると瞳を滲ませるカワイイ先輩だが、演技とわかっていれば騙されようもない。ただ少し可哀想にも思ったので一つ条件を出す。
「では私の嬉しい情報をもらえたら、簡単にサロンでどんなことをしているのか、教えて差し上げます」
「う、嬉しい情報?」
今一番欲しい情報はチーム戦のものだ。先輩はうんうん唸って考えている。しかし無情にも講義終了の時間が迫っていることに私は気づいていた。
家政科の先輩にいれてもらったお茶を飲み、ついでに美味しかったので何のお茶かを聞いた。笑って私たちを眺めていた家政科の先輩は、快く教えてくた。その後すぐに実習は終了した。
「嘘っ! ホルトハウス君、ねえ、猶予ちょうだい! 君の欲しい情報を仕入れたら真っ先に行くから、簡単でもいいからサロンでのこと教えてよね!」
「私が満足するものでしたら」
「絶対だからね! 絶対行くわよ!」
小さい体で飛び跳ねながら、ガスト先輩は去って行った。
でも、私が渡せる情報はお菓子の試食会、というものなのだけど。彼女が怒らないかが不安である。
その時は素直に謝ろう。
28 転生女子会(ではなくただのお茶会)にご招待
ちょうど小腹がすくおやつ時、私たちは揃って招待客を出迎える。
ライナルト王子にディーター、それにガスト先輩と私の同室の先輩であるティモとフェリクス。後はエリーゼ・ハック子爵令嬢とホルストも招待している。
エリーゼ嬢は学校にもう少し慣れてもらいたいのと、どんな人物か知りたいからだ。ホルストは単純に兄たちに報告していると言っていたから見てもらった方が早いだろうと混ぜた。あと勝手に私の作戦会議もしたいからカールも追加した。
「給仕はいないのか?」
「ええ。いつも自分たちだけですから」
王子の疑問も当然だろう。普通はサロンに従者や侍女を控えさせている。しかし私たちはそんなこ出来るはずがない。彼らには窮屈だろうが今回だけだ。気楽に楽しんでもらえるように願うばかりだ。
「……おい」
「え?」
「何故オレも招待されたんだ?」
眉間に皺を刻んだまま首をひねるのはカールである。勝手に呼んでしまったので、家政科のユッテとクリスタが少し焦っていた。試験じゃないから大丈夫なはずだ。
「折角だから親睦を深めようかと思って。あと毎回爺先生に部屋借りるのもどうかと思うから相談したい」
「爺……ああ、なるほど」
うっかり心の中での呼び名が口をついた。理解したということは他の人にもそう呼ばれているんだろうか。
「さて本日もユッテ作のおいしいお菓子よ。さあ、味わいなさい」
ミルクレープを各々の前に並べる。洋菓子系は似たようなお菓子があるので、それを前世の記憶を頼りにアレンジしたのがユッテの作るお菓子だ。
言い方はまずいと思うが、ユッテの菓子はどれも絶品である。皆は苦笑いしながらもお菓子に手をつける。最初に口にしたのは好奇心丸出しで落ち着きのないガスト先輩だ。フォークで大きく切り出して、層になった断面に目を瞠る。しかし口にすぐにミルクレープを含んだ。
皆が栄えある勇者を見つめる中、ガスト先輩は顔を輝かせる。
「おいふぃぃ~! びだべもぎれえぇ~!」
口をもごもごさせる彼女にそれぞれが手と口を動かし始めた。私たちは誰も顔がゆるんで仕方がない。
「やったわね、ユッテ」
「喜んでもらえてよかったね」
「さすが、ユッテ」
「わたくしたちがお菓子会をする理由がわかったかしら」
皆の輝かんばかりの表情に、ユッテは赤くなった顔を必死で隠そうとしている。一人、ローザリンデ嬢は方向性が違う気がするが。
「これはおいしいね。作り方を教えてもらうことはできるのかな」
王子は気に入ったようで、城の料理人にでも作らせたいのだろう。ディータ―は甘いものが好きそうではないが、ミルクレープは口に合ったようだ。口元は優雅だが、手がおそろしく早い。すぐに終わってしまいそうだ。
「あ、あの、あたしにも作れますか? 教えてもらっても、い、いいですか?」
「スヴェン! ボクも、ボクも!」
一口目を含んだ残りを大事そうに味わいながら、エリーゼ嬢がキラキラした目でユッテを見つめる。こんなに真っ正面を向いているのは初めて見る。いつも俯きがちで自信なさげなのだが、甘いものは好きなようだ。
ホルストはそう言うだろうと思っていた。コロ商会は食べ物も売っているがこれは売る前に腐るのでは、と思ったがユッテに交渉してレシピを売りたいそうだ。後はそれに合う飲み物や食器をセット販売したいらしい。商魂魂すごいな。
「へえ、すごいなあ。おいしい」
「こんな美味なものをいつも食べているのか、お前は。少しは先輩に分けてくれようとは思わないのか」
フェリクスは普通に褒めてくれたが、ティモは若干切れ気味だ。しかも私に対してそう言われても困るところだ。へらっと笑っておいた。
「アウラ―、ちょっと」
カールは何故か制作者を呼ぶという行為。教員の呼び出しに今度は青くなりながら近づいていったユッテは、暫く小声で何かを話すとホッとした顔になった。どうやら彼も作り方が気になったらしい。そしてこの女子会(けしてお菓子会という名前で決定はしてないと思う)で作ったお菓子を今度教えてほしいと言われたようだ。家政科の講師ということは、カールもお菓子が得意なのだろうか。
「ホルトハウス君、ありがとうね」
各々に堪能して落ち着いてくると、それぞれに雑談を始めた。ユッテは王子たちに囲まれている。
「いえ。きちんと調べてもらいましたから」
ガスト先輩は私が欲している情報を調べてきた。というかその前に一度直球で何の情報が欲しいか訊かれたので、答えておいたら十分なものをくれたのだ。
「でも先生と二人のチームって今まであんまり聞いたことないけど、大変だね」
「相談するにも一苦労で困ってますよ」
「そうだな」
行儀は悪いが、自分のティーカップを持ってきて、カールが同じ席に着く。
「フィッシャー先生はどこかの控え室はあるんですか?」
「教官室に席はあるから、そこくらいか? だが大体昼間は色々なところでいるから戻れるのは朝の出勤時と昼休憩と帰宅前だけだ」
そんなにいろんなところに駆り出されているのか。お疲れ様です、と心の中で労っておく。
「なんならボクが場所提供しましょうか?」
カールに続いてホルストも近くに椅子を引っ張ってきた。
「場所?」
「コロ商会で借りてるサロン部屋」
「そんなもん借りてたのか」
「商談相手は生徒から教師までそれぞれです」
しれっと話しているが、コロ商会の進出すごい。しかしホルストには睨まれた。どうやら今は私と同じように魔法陣のついた靴を刻みたい魔法師教師が多いらしい。あと用具のおばちゃんから主婦の味方的な商品の大量発注があるという。
「借りて大丈夫なのか」
「先に連絡いただければ、それかちょっと待ってくれれば仕切りで区切りますから」
カールは賛成のようだ。このまま爺先生の教官室を借りるのも申し訳ないしな。
ふんふんと楽しそうに頷いているのはガスト先輩で、何故か挙手して発言を求めた。
「よろしければあたしも情報提供しましょうか?」
先輩曰く、情報とは日々変わるもの。今回はそれぞれのチームの特徴と長所短所を聞いている。騎士チームを狙うのは決まっていたが、そのチームでもどんな戦いを仕掛けてきそうか、突出した力を持ったものがいるか、などだ。しかしもう少し時間があれば各チームのメンバーの特徴も洗い出してくれるらしい。
「あ、でも講義的には駄目なのかな」
チーム戦という講義で、他の科の力を借りるのはどうなのだ。
「問題ない。外野の力も含めてそのチームの力だ。そもそも相手を調べるのに人に聞いたりもするんだから協力者を作るのは当然だ」
それは知らなかった、と呟くと講師は誰もいいとは言ってないが、駄目とも言っていないと屁理屈が返ってきた。
「じゃあ、あたしが色々調べますよ」
「ボクは部屋使う人に一言説明するようにしますね」
「ガスト、アウラ―からお菓子のレシピをいただく予定なので、その菓子を報酬にしようか?」
カールが軽率に尋ねると、満面の笑みで彼の手を勢いよく振る先輩が出来上がった。
「あ、ボクにもください、それ!」
便乗する商人が身を乗り出す。
こうして外野メンバーを含めて、改めてチームが結成されることになった。
29 仲間を信じることは大事だが、練習も大事である
ホルストが靴を作ってくれていたのだが、結局それは必要なくなった。いや、言い方が悪いか。靴でなくてもよかった、が正しい。
私が靴に陣をつけたのは土属性で、地面に体がついてないと魔法を行使できないからだった。だがカールに色々聞いたところ、特にそんな制限は必要ないと言われた。魔法が得意なものならばそういうこともあるのだろう。本来ならば指輪や腕輪、耳飾りなど触媒を使う形でよいらしい。カールは一応首飾りをつけているという。
「教師陣もそれは誰も突っ込まなかったな。みんなの足型取る必要なかったのか」
「魔法得意なら別に制限ないからね。……気づかなかったけど」
放課後の練習場の一角にホルストと私、それにカールが揃っている。
「どうして皆腕輪とかにしないのかと思っていたが」
首をひねるカールが一番魔法に関しては理解力が高いようだ。紙以外のものに魔方陣を刻むことがまず異常で、今は皆が新しい方法に飛びついているだけだ。そのうち他にも気づく者が出るだろう。だがそれまでは、私たちの秘密にしよう。
「で、使うのは風でいいということだったので、これをフィッシャー先生に進呈します」
「カールでいい。これは、腕輪か」
金属に風の陣を刻み、更に紐で結べるようにした。腕輪ではあるが、腕に密着させるには紐で縛る必要があるからだ。
「試してみてください」
袖をめくり、紐で縛る。が、片手でつけるには難しいようだ。
「あー、そこは改善必要ですかね」
「結ぶんじゃなくて、……一周巻いて引っかけられるところがあれば固定しやすそうだな」
すぐに代案が浮かぶところに、彼の頭の回転の良さがわかるようだ。ホルストは改善点をメモにしている。
「さて、それじゃあ、やってみるか」
腕輪を袖の中に隠して、カールが息を吐く。練習場に来たのはカールの魔法の実力を知るためである。対人に見立てた人形を前にカールが手をかざす。
風が来た、と思うとすぐに竜巻が人形を襲う。そして一気に空へと舞い上がる。ばらけた人形の破片が少しして地面に落ちてくる。普通に考えてすごい威力だ。
「こんな感じだ」
「え、すっごい……ですね」
ホルストが目をパチパチさせている。魔法を放った当人は腕輪をあちこちから眺めて不思議そうにしている。
「体感で八割というところか」
「え」
あれで全力ではないのか。改めて化け物のような教師だ。
「私はいつもと同じくらいの力が出ていると思うのだが」
カールはどう説明したものかと首をひねる。暫し間を開けて口を開いた。
「……おそらく力がありすぎて腕輪では魔力を引き出し切れないんだ」
強いとは聞いていたが、力がありあまっているようだ。
「でもこの竜巻だと強すぎるんじゃない?」
どう考えても怪我以上になりそうだ。
「そこは加減しよう」
カールの言い分では今のはどれくらいの力になるか普通に使ったが、出力を押さえることは可能らしい。そして何故か私に顔を向ける。
「防衛科だったな。ちょっと的になれ」
「は?」
言うなり手のひらを向けられる。そして風が巻き起こるのを慌てて土壁を発動して防ぐ。だがゴリゴリ削がれているのがわかる。こちらはそれなりに魔力を込めているのに、全然防いでいる感じがしない。カールの指先一つで吹っ飛ばされそうだ。
「え、ちょ、先生ー! スヴェンがもう飛ばされそうなんですけど!」
「大丈夫、大丈夫」
土壁の向こうで笑っている声がする。本気でそろそろまずそうなんだけど。
数秒持ったが、やはり土壁が剥がれている気配がする。土壁に穴が開くと、そこから一気に崩壊した。
「ぐえ」
竜巻の風に煽られて体が浮く。地面に落とされるかと思った体はカールの魔法で一回転させられて、無理矢理立て直された。胃の中が気持ち悪い。
「スヴェン!」
ホルストが慌てて私の身体を確かめる。持つべき物はやさしい親友である。
少し休めば問題ない、と手で制すと安心したようだ。
「先生」
「やりすぎたのは謝ろう。すまなかった、スヴェン」
少々目を泳がせながら、カールは謝ってくれた。そして小声の呟きが聞こえた。
「……問題なさそうだな」
問題アリアリです!
30 静かに始まり静かに終わる、それが戦い
本日は生憎の雨模様。
そして雨の中、私は走っている。
今回から爺先生の講義は始まった瞬間から戦いだ。私たちは騎士のみのチームと対戦するためにまず動くことになった。ガスト先輩の情報によって彼らのスタート地点は割れている。しかし他のチームも何らかの方法で情報を得ているのだろう。ざわざわしている気配がする。
私たちのスタート地点は玄関ホール。狙う騎士のみのチームは校舎二階の空き教室。普通に校舎の中を駆け上がっても良いが、途中に妨害があるのは必至。なので玄関ホールから外に回っている。
実技用校舎の空き教室と校庭は使用してよいと許可が出ている。カールが頭上に風を高速で吹かせているらしく、雨粒は降ってこない。しかし足下はどうしても跳ねた雨の滴で濡れた。階段の踊り場がある付近に着くと、カールは私に上を指さす。頷いて応じれば彼は足下に風を起こし、そのまま二階と一階との踊り場に跳んだ。私は風の魔法が使えないから、壁を蹴って踊り場の窓まで駆け上がった。
窓を開けると騎士チームが二階から一階へ降りていくのが見えた。雨に濡れていたせいか、少しだけ着地音が響くかも知れない。だがカールが私の足下に風を飛ばすと、音も鳴く降り立つことができた。たださすがに気配で気づいたのか後方の二人が振り返った。
「お……!」
叫ぼうとした一人に無言でカールが魔法を掛ける。顔の周囲に風を発生させて、そのまま軌道をずらして階段下に傾ける。気づいたもう一人を引っかけて一階へ転がっていく。
見事に一階へ落ちていく騎士チーム。
「カール、すごいな」
チーム全員がこんがらがっている。魔法を掛けたのは一人にだけなのに。
階下で体勢を立て直そうとしているところに更にカールは全員の真上から強風をかぶせる。見ているだけでもあれはつらい。風圧が強すぎて立ち上がれなくなっている。
しかしこのままどう決着をつければいいんだろう。
「審判!」
カールが叫ぶと階下からひょこっと教官の一人が顔を出す。ニコッと笑うと私たちに手のひらを向けてくれる。
「七番チームの勝利。三番チームは敗北。さて、二人ともこっちおいで」
書き付けをしながら、私たちを手招く。カールが騎士チームへの魔法を解いた。
今回のチーム戦は敷地の数カ所に教官が配置されていて、彼らに勝敗を確認してもらえばよいのだという。
「これはどっちが考えたの? 君?」
「いえ、えーと二人で考えました」
私が手を挙げると、カールも頷く。
「二人?」
「攻撃はフィッシャー教官しか出来ないルールでしたので、先制攻撃をする方がいいと思いました。そのためにはどうしたらよいか、考えました」
何も考えずに外を走ったりはしない。校舎内を走れば必ず他のチームに見つかるのは目に見えていたし、そうなると面倒だった。それぞれに目当てのチームがいるだろうが、鉢合わせをしてしまったら戦わないわけにはいかなくなる。
「ふむふむ。外のチームもいたんだけど、君らすぐ動いちゃったからね。スピードの勝利だったね」
パチパチと審判の教官は拍手をしてくれて、今度は騎士チームの子たちに尋ねる。
「君たちはどのチームを狙っていたの?」
「……彼らです。魔法師は教官ですが、一人だけでしたから」
ため息を吐きながら堪えるのはチームリーダーだろう。
「ごり押しで勝てると思ってました」
「作戦は?」
「玄関ホールが指定位置なのは知ってましたから、二階からすぐに降りれば捕まえられると思ったんです。戦闘が始まってしまえば魔法を使う余裕なんてないだろうと」
ふんふんと審判の教官は頷く。
「確かに力で押し込めるのもありだ。ただ君たちは彼らが移動しないと思っていたのかい? 物を相手にしているんじゃないよ。彼らは動くのだから、きちんとどうしたら捕まえられるかを考えないとね」
ため息と共に騎士チームががっくりと首を振る。
「じゃあ、君らはそこで反省。十分したらまた講義に戻っていいけど、今度はきちんと考えるんだよ。ごり押しだけじゃどのチームにも勝てないよ?」
そう言って彼らを端に移動させて、土で線を引く。そこで休憩しろということだろう。わかりやすくタイマーも置かれた。
「カール君とホルトハウスは怪我はないね。じゃあ、講義に戻っていいよ。これで単位は取得出来ても、まだ今期続くからね。逃げるのも手だよ。じゃあね」
去って行く教官を見送ると、騎士チームに睨まれながら私たちもその場を去る。どうやらまた挑まれそうな気配だ。
しかし負けたのが丸わかりの状態なのは、口惜しいだろう。しかも他のチームに見つかると何か恥ずかしい。恨まれたくはないが、つい生ぬるい目で見てしまう。
「よし、行くか」
気にせずカールが階段を上る。
三階まで上がったところでどこに行くのか訊ねると、逃げようと返ってきた。
「逃げるのは賛成だけど、隠れる場所なんてある?」
「さっきあっただろ。窓の外だよ。戦わないなら他の属性も使っていいだろ」
窓枠をひょいと超えるカールに慌てると、そこには土魔法で固められた地面がある。器用に校舎の壁に引っ付けている。ついでに屋根もつけられて、雨も避けられている。
「これはなかなかいい隠れ場所」
「だろう」
時間が終わるまで私とカールは逃げ切った。ちなみに校舎内では騎士チームの雄叫びと、他のチームの怒号が何度か響いていた。
31 王子様よりも大事な単位取得
「イチゴ君、ひどくない?」
文句を言うのは我らが王子様だ。後ろに控えているディータ―も眉間に皺を刻んでいる。
「君は勝って良かったと思うよ。だけどあのチームを放置して行くのはどうかと思う」
どうやら私たちが逃げた後、騎士チームは暴れたらしい。他のチームに勝てたかというとそうでもないらしいが、ところ構わず喧嘩を売って回ったようだ。
申し訳ないとは思うが、講義の内容に反してはないのだからどうしようもない。
「ぼくたちのチームもディータ―たちもおかげで作戦がめちゃくちゃだよ」
「あいつらなんて敵じゃないけど、邪魔で仕方なかった。次の講義はやり逃げ禁止だ」
護衛の者たちはディータ―と同じチームに配されている。守る立場の者たちと離されて、少々やりにくそうだ。
「ぼくたちはね、ディータ―たちを叩きのめそうと思っていたんだよ。それなのに……!」
「ライ、お前ら……そんなこと考えてたのか」
口惜しそうな主の文句にぎょっとする護衛が居る。もしかして講義だからの言い訳で戦おうとしていたのか。それは見てみたいけど、護衛側からしたら、たまったものではないな。
「倒すなら今でしょ! ですわ」
「ローザ! お前もか!」
「今なら心置きなく相手してもらえるのよ。倒すなら今でしょ!」
「そうそう、その通りだよ。だからディーターたちもしっかり準備してないと、ぼくたちに負けちゃうよ」
いつの間にか沸いてきたローザリンデ嬢が王子と一緒になってディーターを責める。どうにも身分の高いチームは皆して護衛達に勝ちたいようだ。
私はただ仲間が居てうらやましい、と眺めていた。
「怒られた」
爺先生の教官室でカールと会っている。
どうやら爺先生にやり過ぎと言われたらしい。しかもすぐに逃げたせいで、消化不良な騎士チームが暴れたので教師らしく考えなさいと叱られたようだ。
「オレはまだ助手なんだがなあ」
その爺先生に今日は私も呼ばれた。カールと同じように講義のことかと思ったが、長期休暇で提出したレポートを渡された。
「土いじりをしていたら色々出来るようになった、というのはレポートとしては不足じゃな」
「はあ……」
気の抜けた返事になってしまったのは勘弁してほしい。地面に手をついてこういう気持ちを考えていました、とは確かに書いた。だがそれ以外言い様がなかった。
「正直よくわからぬので、お前さんに場所をやろう」
「は?」
「校舎裏の花壇をひと区画をやるから、これを育ててみろ」
そう言っていくつかの種をくれた。見たことがない。ただカールは知っているらしい。
「それが育てられるようになるならいいですね」
「そうだろう。ということで、その種の成長の記録を提出しなさい」
何故か喜ぶ二人に私は置いてけぼりだ。しかもちゃんと芽吹くかわからないものを安請け合いはしたくないのだが。
「ちゃんと育たなかったら、それはそれで記録として提出してくれたら構わぬ。やってみなさい」
何故か楽しそうな二人に送り出されてしまった。
校舎裏のという場所はわざわざ爺先生の名前の杭とロープで囲われていた。両手を広げたくらいの広さしかなく、これなら暇を見て手をやるくらいは出来るだろう。
種はどこにでもありそうな見た目だ。黒くて小さい。何の種なのか教えてもらえなかったので、全部一気に植えるのはやめておこう。ダメになっても構わないと言うからにはまだ種を持っているのだろう。
だが植える前に土を調べよう。
地面に手を触れようとして靴の魔方陣を思い出す。靴裏の陣はまだ使用可能だ。ひとまず綺麗にしようと魔力を流すと、土の中に何か他の植物が残っていたらしい。芽がでてきた。
「これは抜いてもいいやつかな」
見たことのない植物だ。連なった小さな花、そして蔓植物。蔓植物はピーピーマメみたいな植物かな。特に抜いても問題なさそうな気がする。
「それは抜いたらダメなもんだと思うぞ」
「えっ!」
引っこ抜こうかと触っていたら背後からカールが現れた。さっきまで誰も居なかったのに。
「わざわざ魔法を使って土を綺麗にするの珍しいと思って、見に来たんだ」
魔法の気配に寄ってきたらしい。故郷では時々していた。他の植物があっても問題ない場合がほとんどだが、稀に相性が悪い植物があると成長を阻害されることがあった。問題なければ肥料にするし、問題があれば抜けばいいだけだから、出来るだけ土を調べてから新たな植物を植えていた。
「それな、明日にでも教官に教えてやって。きっとすごく喜ぶ」
なんでかカールが嬉しそうに笑って言った。
32 興味津々専門教師と満面笑顔の我らが友よ
目の前に爺先生と爺先生Ⅱとおっさんがいる。三人ともとても良い笑顔で、私に与えられた花壇を調べている。実際にはそこで埋まっていて、成長したピーピーマメっぽい植物を。
懐かしい。……なんてほのぼのした気持ちでいたいのだけど、三人は何だか真剣に話し合っている。ちなみにカールは他の講義に補助で駆り出されていて不在だ。
爺先生Ⅱは植物学の先生だろうか。爺先生はどっちかといと武の部門だ。そしておっさんは……多分用務員の人だ。
「これマメ科なのは確かじゃが、あんまり見たことないのう」
「絶対古代種ですよ、古代種! 見たことないですもん」
「いやいやいや、先生達小さいとき道端で絶対見てましたって。まあ、最近は確かに見てませんけど」
爺先生、爺先生Ⅱ、おっさんの言である。
ピーピーマメの名前はなんだろう、と思いながら手に取る。なんとなく口に含んで吹くと軽快に音が鳴った。やっぱりピーピーマメだ。
「あ、なんかそれ覚えあるなあ」
おっさんはどうも私と同じように遊んだ覚えがあるらしい。
「お前さん、見たことない植物を無闇に口に含むでない。毒はないと思うが危ないものだったら、どうする?」
爺先生Ⅱに怒られた。逆に爺先生は私と同じように口に含んでピーピー鳴らしている。
「せんせーたち自由すぎんか。今日はフィッシャーがいないんだから、あんま自由にすんなよ。生徒が困るだろ」
おっさんの言い分はわかるが、どうすればいいか呆れている。さしあたっては自己紹介が欲しいところだ。
「ホルトハウスよ、もう一度魔力流してみんか」
結局三人でピーピー鳴らしながら、要望してくる。おとなしく靴の魔方陣に魔力を流すと、足下からひょろっと伸びてきた。双葉がくるくる回りながら太陽のような黄色い花を咲かせる。記憶にあるところのタンポポに近い。
摘もうと腰をかがめるようとすると、待ったがかかる。
「待て、無闇に手を触れるでない」
後ろに退くと、爺先生Ⅱが四方八方から観察する。爺先生とおっさんも気になるようだ。おっさんは首をかしげているが。
「これ、見たことないですねえ」
「……そうか? 小さい頃に見たことある気がするな。そこらに生えていたぞ」
爺先生二人は見た、生えてた、と頷いている。
「小さくてかわいい花ですね。これは何か効能があるんですか?」
爺さん二人は揃って首を横に振る。
「ただの花じゃ」
「ただの黄色い花じゃな」
「へえ。でも見たことないってことは今はない花なんですね」
確かに見たことはない。故郷でも見てないから他の外来種に負けたのか、環境変化か何かで植生が変わったんだろうか。
「効能は特にないが、もう絶滅したと思われている花じゃ。植え替えて種を取ることにしよう」
鉢に植え替えて研究室に持って帰るらしい。
その後も何度か魔力を流してくれと頼まれたが、特筆すべき植物はなさそうだった。ならば今度こそもらった種を植えようか考えていると、校舎の方から人影が飛び込んできた。
「イチゴくん発見!」
唐突に割り込んでくる元気な声。淑女としてどうかとは思うが、今は講義ではないからよいだろう。
「ユッテ?」
「あ、……教官方もいらっしゃったのですね。えっと、お邪魔してもよいですか?」
どうも私の姿だけを目がけてやってきたようだ。嬉しいけども、周囲の確認は必要だぞ。幸いにも爺先生たちは朗らかに許可をくれた。寧ろ生温かい視線を向けてこないでほしい。
「どうかした?」
先生たちの視線にもじもじしながらユッテが言いにくそうに口を開く。
「その、魔法の実験で畑作るって聞いたから……」
「え、うん。そうだけど?」
「あ、あのね、ちょっと育ててもらいたいものがあって……。駄目かなあ?」
私たちは揃って背後の先生方に視線を移す。爺先生Ⅱがユッテに首をかしげる。あわあわしながら、ユッテは説明を始める。
「あ、あの、この豆なんですけど。その、わたしの領地ではそこらへんの道端に植わっているものなんですが、色々と使えるので育ててもらえたら、と思いまして……」
言いつつ服の色々なところを叩き出す。ポケットのどこかに見せられるものがあるようだ。それにしても色々使える植物とはなんだろう。ユッテのことだから料理関連だと思うが。
「……あった」
結局ポケットにはなかったようで、ポーチの奥から包みを取り出す。
「はい、イチゴ君」
手渡された包みの中には大豆があった。そう、大豆様だ。
「おおお! え、えええ! これが領内にあるの? 羨ましい!」
意識せず全力で拳を掲げた。
「夏はビールと冬はきなこ餅とか豆腐も出来るし、醤油も味噌も出来るじゃん! いや味噌っぽいのは確かなんかあったけど、いやその前に味だ、味! ……っ! これは紛れもなく大豆様だ!」
「でっしょでしょ!」
ユッテの顔がとてもきらめく。
「これがあれば普通に枝豆を塩ゆでして食べるのもいいんだけど、大豆まで育ててきな粉に出来るのよ! 味噌とか醤油の作り方はちょっとわかんないけど、誰かが作ってくれるかもしれないと思ったら作ってもらいたくなっちゃって……。うちの領内にあるとはいえ、専属で作ってるわけじゃなくて、ただ私が個人的に生えてるものを摘んでる状態なのよ」
途中から冷静な口調になったが、私もユッテもテンションが上がってしまって、周りにいる先生たちの存在がすっかり抜けていた。
「ふむ。普通に豆じゃな。うまいの」
爺先生Ⅱがぽりぽりと大豆をかじる。その後ろにいる爺先生とおっさんが手の平を差し出している。二人の手に渋々と大豆をのせた爺先生Ⅱ。
「有用性があるということじゃな。話を聞こうかの」
今度は爺先生たちがきらめく笑顔を浮かべだした。
33
暫し待たれよ