星降る森で
星降る森にいつの間にか出来ていた喫茶店ベリーベリー。
店を訪れる人や関わる人たちのひとときのお話。
冒険や仕事で疲れたとき、ただただ甘味を貪りたいとき、ユーゴールーを愛でたいとき、お待ちしております。
基本スイーツ、時々ごはーん。
スイーツ/カフェ/剣と魔法の世界/ほのぼの/ご飯/冒険者
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【一章 噂のお店】
000 喫茶ベリーベリー
星降る森と呼ばれる場所がある。
正式な名称はユーゴールードの森だったと思う。ユーゴ―ルーというモンスターの棲家になっている場所だ。長い耳を垂らした、小さなのモンスターは人懐こく、マスコットモンスターとされている。倒すことはもちろん可能である。初心者の冒険者でも二発くらいで倒せる弱小モンスターだ。
倒そうとしなければ触らせてくれるし、手を差し出せばすり寄ってくれる。もふもふ大好きな人にとっては至福の場所だ。名前の由来にあるように、夜になると星がとても近く、稀に本当に星が落ちてくる。とはいっても星形のこんぺいとうがこっそりアイテム袋に増えているというだけだが。
そんな素敵な場所に最近カフェがオープンした。出現するのはユーゴ―ルーだけのこの森ならば、異変さえなければモンスターに襲われることもない。問題は冒険者ギルドや他の住人の店が近くの町までいかないとないことだろう。
だが冒険の途中に寄るのならば、ちょうどいい休憩だ。店の扉を開ければ、それなりに潤っているようだ。
「いらっしゃいませー」
出迎えてくれたのはフリフリかわいい衣装のウエイトレスさんだ。奥からちらっと顔を覗かせている料理人も見える。
「いらっしゃいませ、お嬢様」
そしてやわらかい笑顔のここらでは珍しいエルフの歓待だ。これは期待してしまう。
こうしてひっそりと佇む店は今日もお客様をもてなしている。そのリピーター率は高い。
001 スカイベリーのタルト
「スカイベリーのタルトでごさいます」
エルフの青年が俺の前にタルトを置く。向かいに座ったレーラにはスカイジャムのパンケーキが置かれている。
「お楽しみください」
静かに去っていく青年の背から視線を外し、目の前に集中する。スカイベリーはその名の通り、空色の木の実だ。ただ空色と言うのは朝焼けや夕焼けの色も含まれ、色が多いほど一緒に食べると美味しいと言われている。それをふんだんに使ったタルトなのだ。
甘酸っぱさが一番にやってくる。咀嚼していると酸味が薄れ、段々と甘さに深みが増してくる。さっぱりした甘さが俺には心地よい。
「うまいな」
「でしょでしょ!」
この店を教えてくれたレーラは同じクランの甘味同士だ。彼女は彼女でパンケーキに舌鼓を打っている。
「また時間あったら来ようよ! 団長には内緒でさ」
「ちょうど良い依頼があればいいんだがな」
「それねえ」
俺と彼女は星降る森の近くにあった調査依頼のついで、という名目で店にやってきている。普段はこの森にまで来る用事はない。
「ばれたらばれたで、まあ怒られるか」
「あはは、そうね」
「それか賄賂として持っていくか。あいつ焼き菓子好きだったろ」
我らがクランの団長は甘いものがそんなに好きではない。ただし焼き菓子は除く、という奴だ。新しい焼き菓子を見つけると買わずにおれないという不思議な性格の主だ。
「あ、いいかも。手土産って買えるのかな。あー、店員さーん」
レーラが手を挙げるとすぐさま先ほどの青年がやってくる。焼き菓子を持ち帰り出来るか確認してくれる。同輩であるらしい青年にひたと目を据える。
よくよく見れば、彼ではない。ほっそりとした首と細い体つきに彼女だったと気づく。そして気づくと同時にじっと見てしまったことに気まずい気分になる。
「ジェイド、焼き菓子あるって。団長はどれが好きかなあ」
いくつかの種類があるらしく、わかりやすく説明してくれる彼女の格好はどう見ても男のものだ。
「……ナッツ系が好きだったはずだ。とりあえず一つ渡してみたらどうだ」
「どうだね。じゃあ、……これとこっちを包んでくださいな」
ナッツとスタンダードな焼き菓子を選び、包装をお願いする。これで絆されてくれると楽なのだが。すべては焼き菓子の出来にかかっている。
002 ハーブクッキー
癒しを求めて星降る森にやってきたら、いつの間にやら店が出来ていた。こんな僻地に店を作るのもすごいが、客がいるのもすごい。冷やかし半分入店した。
「いらっしゃいませ、旦那様」
優雅に腰をおるエルフに目を瞬かせる。物好きはエルフのやつだったか。席に案内されると、テーブルの上にはユーゴールーを模した置物があった。垂れた耳につぶらな瞳、少し首をかしげた仕草がかわいらしい。リアルではないのに、うまく特徴を捉えている。
だがメニューには甘味が並ぶ。そう得意ではないわたしは少しげんなりする。
「旦那様と同年代の方にはハーブクッキーがよく好まれています。よろしければ味見してみますか?」
渋面に気づかれたか、エルフが小さな食器に土産用と思われる焼き菓子を乗せてきた。ここまでされて食べないわけにはいかず、口に含む。
ハーブクッキーと言っていたそれは甘さはなく、逆に少しの苦味を感じた。だが、不快なわけではなく、その苦さが噛んでいると味わい深くなってくる。
「こちらもどうぞ」
ちょうどよいタイミングでお茶を出された。香りから紅茶のようだ。クッキーの後に飲むと、何かベリー系のフルーツが入っているようで少し甘い。しかしこの甘さがクッキーとほどよく合った。
「これは素朴だが、よいな」
疲れていた体と心が癒されるのを感じる。
「お褒めに預り光栄です。旦那様、おかわりはいかがですか」
にっこりと誇らしげに笑うエルフ、いや店員に、わたしもふにゃりと眉が下がる。
「戴こう」
閉店までの時間、ゆっくり過ごさせてもらい、わたしは家路についた。
次に家出する時の楽しみが増えた。
003 ぴよ豆のオムライス
客のいなくなった店内は火が消えたように静かだ。
喫茶ベリーベリーの営業時間は太陽が中天にかかってから日の暮れるまでずっとだ。だから日が長い時期は勤務時間が長くなる。
「お疲れさま、ダグもイレーヌも休憩して。今日も一日ありがとう」
机の上に伸びると、コトリと皿が置かれた。黄色い卵の色が艶々したオムライスは出来たての香りがする。
「今日は私の番だったからね。オムライスだよ」
「ありがとうございます、店長」
イレーヌが疲れているだろうにきちんと頭を下げる。だけど俺はもう顔を上げるのもつらい。ずっと厨房でカフェやクッキーや、ケーキを作って、それを食べられるわけでもなくというのが余計につらい。仕事だとわかっている。だがこの《スイーツジャンキー》に入っておきながら人のために甘味を作ってばかりというのもきついのだ。甘いものが食べたい。
「ほら、ダグ」
麗しいエルフ店長は苦笑しながらスカイベリーのムースをオムライスの横に置いてくれた。
「おおお! さすがミルズ! さすがクラマス! いっただっきまーす!」
オムライスの前にムースを口に。それだけで疲れがスッと飛んでいく。スカイベリーの様々な風味が口の中で色々変わって楽しい。
ムースを食べきるとお腹も心も落ち着いた。今度は、とスプーンでオムライスを大きくすくう。黄色の卵の下からはやさしい味のぴよ豆とご飯が姿を現す。肉でも食べて精をつけたい気持ちはあるけれど、きっとこういう時は逆にゆっくり落ち着ける方がよいのだろう。
喫茶ベリーベリーが開店した当時は全然暇だった。まだあんまり人にも知られていなくて、クランメンバーや森にやってきた冒険者たちが物珍しさで入店するくらいだった。最近は知名度が上がってきたのかそこそこに人がくる。客が来るのはいい。だが今日は団体客が三組もいて、すごい疲れた。
拾ってくれたミルズには仕事と住む家を用意してもらって助かっている。イレーヌと一緒に働かせてもらえたし、イレーヌの制服姿は可愛いし、部屋も一緒で籍は入れてないが新婚のようでうれしい。ミルズさまさまだ。
「今日は客が多くて疲れただろう。片付けはしておくから、もう休んでいいよ」
「気持ちはありがたいが、ミルズも疲れてるだろう?」
「ホールはイレーヌが半分持ってくれてるからね。ダグは厨房に缶詰めだったし、時には店長らしく労ってあげるよ」
気前よく言ってのけるが、絶対疲れている。ずっと立ちっぱなしで、イレーヌもホールにはいるがそれ故に変な客の応対はミルズが請け負ってくれている。一見してみれば男で、しかも顔がすこぶるよいとなれば、仰け反る者も多い。それでも今日は本当に疲れていて、ミルズの気持ちに感謝する。
「ぴよ豆、うまかったよ」
後を任せて俺はイレーヌと店の裏の家に帰宅する。閉めた扉の向こうから、微かに口笛が聞こえてきたのはきっと気のせいじゃないだろう。
004 《スイーツジャンキー》
ハクライの街の冒険者ギルドは相変わらず人が多い。賑やかでいつも祭りのような雰囲気は嫌いではない。寧ろ好きだ。ついつい尻尾が揺れる。
「ミーナちゃーん、はいこれ」
ギルドカードを出すと受付のミーナは確認して返却する。
「マリンさん、お疲れ様です。護衛依頼達成です。あと魔物化したイノシシの討伐も確認しました」
「そっかー、ありがとー!」
「次はどうしますか?」
「五日くらいお休みしてからまた来るよ。いい?」
一月ほどずっと働きづめだったのだ。少しくらいゆっくりしてもいいだろう。
「わかりました。休暇中の連絡先だけ教えてもらってもいいですか」
「あー、また星降る森にいるよ。《スイーツジャンキー》のハウスがそこになってるからさー。ミルズとダグ君においしいもの作ってもらうんだー。そんでイレーヌちゃんに給仕してもらうの。あー、楽しみー!」
《スイーツジャンキー》はあたしの所属する冒険者クランだ。発起人のミルズを首魁として甘味狂いによる甘味研究と甘味の布教が目的である。店を始めてからはミルズは冒険者活動は控えめだが、代わりにあたしが食材探しとギルドへの貢献を担っている。あたしは食べるしかできないし、店の中でおとなしくしてるのも難しい。適材適所というやつだ。
「あ、ミルズさんからこちらを預かってますよ」
ミーナが思い出したように手を叩き、奥からラッピングのされた袋を取り出した。
「かーわいーい!」
ピンクの布と赤いリボンでまとめられたそれ。渡してくれたミーナがじっと目で追っていることに気づく。
「……ミーナ?」
「……え! は! あ、すみません!」
甘い匂いがしているのだ。同じ猫獣人のミーナには中身が予想できるのだろう。
「いいよー。でもちょっとだけね」
真っ赤になるミーナに笑いながらリボンを解けば、ふわりと広がるスカイベリーの香り。スカイベリーのジャムとバタークリームを挟んだクッキーを手に取ると、ミーナの目が固定される。にやにやと笑いながら、クッキーをミーナの口めがけて突っ込む。
「モゴォッ!」
次いで自分の口にも放り込む。
甘酸っぱいベリーとクリームがクッキーの生地にも移っていて、舌触りがなめらかだ。なんというか、もう美味しい。美味しいしか感想がない。
「おいしい……!」
ミーナが頬を手で包み込む。
「うんうん。美味しいは正義だね。ミルズにも言っとくね」
甘い匂いをギルド内にさせていたせいか、背後から他の甘味スキーが狙ってきたようだ。
「マリン。それベリーベリーのか。俺にもくれ。ください!」
手を差し出して真正面からお願いしてくるところは嫌いじゃない。でもこいつは猫獣人でもないし、クラメンでもない。
「ジェイドが《スイーツジャンキー》だったらあげたんだけど、残念。てかお店に来てくれたんだね。ありがとー!」
ジェイドはこのハクライの街に居住を持っている冒険者だ。星降る森から一番近くの街だけあって、知っていたらしい。
「それ、クラン名か? 確かに麻薬のように常習性がありそうだったが」
「素直に美味しいと言いなさいな。仕方ないなあ。ここで声をかけてきた度胸とお客さんてことで一つだけね」
綻ばせた彼の口にミーナと同じように力任せに突っ込むと、噎せながらもおとなしくもごもごし始めた。食べ終わるまでしゃべらないのは行儀がよいことだ。
「うまい」
感動した様子で手に拳を握る。そんなに気に入ったのか。
「だが、店では見なかった気がする。それに味も店よりうまい気がする」
「ミルズの作品だからね。あの子の方がダグより腕いいし。何より甘いもの一番欲してるのあの子だし。店にいたでしょ? エルフの子」
「ああ……」
微妙な顔をするのは自分もエルフだからなのか。
「ミルズは自分では自分のためにしか作らないからね。仲良くなれば作ってくれるかもね」
「そ、そうか……」
そこで悩むところはなんなんのか。これからクランハウスに戻るので、ジェイドには手を振っておいた。またお店で、と声を掛けたけれど思案顔のまま固まっていた。
ジェイド、そんなにミルズと仲良くなりたくないのかよ。
005 星のシュガージュース
星降る森に来たら金平糖が取れるのはよく知られた話だ。でもこれは本当は花の種なのだ。
「イレーヌちゃん、シュガージュースとハーブクッキーね」
「はーい」
何度か来てくれた冒険者のお客さんがわたしに注文を投げる。この森に来たときはつらい気持ちばっかりで下を向いていたけれど、でも今は楽しい。
ダグと駆け落ち同然で家を飛び出し、でも仕事にはなかなかつけなくて、日銭を稼ぐばっかりで大変だった。それでもわたしと本当に手をつないで何とかしようとしてくれたダグには感謝している。すっごい素敵。
森に来たときに、金平糖の真実が何かを知った。皆意外と何か知らないんだってミルズさんは言っていたけれど、それも仕方ないかもしれない。何せ見た目は本当に星の形をしている。でこぼこした星型の種は淡い色だ。花の色が種の色になるらしく、薄いピンクやブルー、イエローなど見た目にもかわいらしい。
本当の名前はアイランという花の種だ。星降る森のそこら中に咲いている花で、実は花も食べられるらしい。アイランの種を鍋で潰しながら煮ていくと、次第に甘い匂いがしてくる。なんとこの種は甘いのだ。外側の皮は固いのだけど、子どもでも噛める程度である。田舎の方だとこれを噛むのがおやつ代わりだ。
煮詰めて甘い汁が出たら、グラスに移す。種がどんな色でも最終的に薄いピンク色になる。グラスの向こうでクッキーの補充をしているダグの姿が見えた。移したグラスの上から水と氷を追加する。大体五倍くらいに薄める。浮かんだ氷の間にアイランの花を添えれば、星のシュガージュースの完成である。
ちなみに煮詰めた汁は濃すぎてとてもじゃないが、甘すぎる。女の私でも甘さにぐえっとなったので、よほどの甘党でなければきついと思う。でもミルズさんはこれを二倍くらいで飲む。特に疲れたときはいいんだって言っていた。すごいなあ。
シュガージュースと一緒にハーブクッキーを持っていく。
「お待たせいたしました。星のシュガージュースとハーブクッキーです。ごゆっくりどうぞ」
「お、あんがと。甘いの苦手だけど、なんかこの組み合わせは癖になるんだよな」
わたしにニカッと笑ってくれる。こうやってお客さんと対応することにもだいぶ慣れた。最初は声を掛けるだけでも大変だった。緊張して声は裏返るし、注文は間違えるし、これも温かく見守ってくれたミルズさんのおかげだ。
「ありがとうございます」
笑ってお客さんに答えて、厨房のダグのところへ赴く。
「ダグ。はい、お疲れ様。もう少しで人も落ち着くと思うから頑張ろうね」
小さな声で、ダグにグラスを渡す。先ほどのお客さん用に作った残りを少し拝借した。小さめのグラスに五倍よりは少し濃い四倍で。
「ありがとう」
額に汗をしながらも、心底うれしそうに笑ってくれる。
そんな彼といられて、幸せだ。
【二章 やってくるお客様】
006 人形焼き
星降る森の特徴はユーゴールーの存在だと思う。
「ということで一つ頼む」
開店前の喫茶店に押しかけ、店長に物を押しつける。麗しい顔の人に目を眇められるとめっちゃ怖いというのを、いま体験している。朝早いとはいえそこまで早くもないと思うのだが、店長の反応は鈍い。
「あー、ミルズさん。ミルズさん、駄目ですよ。目をつぶらないでください」
イレーヌちゃんが店長の体を揺さぶる。彼女の寝起きは悪い。この店が昼からなのは、それが理由の一つでもある。仕方なく、ダグ君が奥へ行き、何かを取ってきた。水が入った瓶だろうか。それを店長の首に当てると、彼の体全体が跳ねる。
「冷たっ!」
「ミルズ、クレメンスさんだよ」
ダグの方を振り返り、そして僕の方に振り向いた。状況を理解したのか、珍しく照れている。
「忘れてくれ、クレメンス」
「覚えておくよ、店長。それでこれなんだけど」
今度は睨まれずに受け取ってもらえた。星降る森にあるカフェというだけでもインパクトはあるが、折角ならばこの森ならではのものを提供したらどうか。そう思って作ったのが、ユーゴールーを模した焼き型だ。魔法鞄からもう一つ包みを取り出す。
「味は無視しろ」
包みを躊躇なく開けて、取り出した物を凝視される。ユーゴールーの焼き型を使い、粉を練ったものを焼いた。それだけで垂れた耳のユーゴールーが首をかしげる姿が出来上がる。粉を練っただけなので味はない。
「かわいいな。いいんじゃないか」
ダグが吟味している店長の横から感想を漏らす。
「……さすがユーゴールーの愛で隊長」
店長からは微妙な賛辞をいただいた。しかし目が楽しそうなので気に入ってくれたのだろう。
「でも一つだけじゃな。そろそろ少しずつ内装もそろえようと思ってたから、相談かな。あの置物、欲しいと言ってくれる人がいるんだ。売らないけど。代わりにユーゴールーのカトラリー作ってくれないか」
スプーンとフォークの持ち手に加工をし、カップやソーサーにユーゴールーの絵を入れる。焼き印の型も作ってクッキーに押したい。持ってきてくれた焼き型はあと二種類くらい欲しい。
「あとは店の看板を」
今はただ大きな板に書いただけだ。それを可愛すぎない感じで装飾したい、と。店長の野望が大きい。
「一気には出来ない。順序をつけてくれるか」
「そうだね」
そうして午前いっぱい使って店の内装の算段をつける。今はほとんど既製品で賄っている。それをオリジナルの物に、というのは心が揺さぶられる。
そろそろ店を開けないといけない時間が近づいてきたので、話を締める。ダグとイレーヌは店内の掃除や厨房の準備で忙しく働いている。邪魔になるわけにはいかないだろう。
「じゃあ、出来たら連絡する」
「ああ。えーと、ちょっと待って。ダグ!」
席を立つと、ミルズが奥に声を掛ける。はいはい、と厨房から出てきたダグが皿に何かを盛って出てきた。
「さあ、どうぞ」
首をかしげるユーゴールー。その周りに金平糖と食べられる花の蜜漬。かわいらしい、女の子が好きそうなスイーツだ。ごくりと喉を鳴らすと、ミルズからはフォークを持たされる。
自分で作ったとはいえ、どこからユーゴールーにかぶりつけばいいのか迷う。ええい、と頭からカプリといくと、中から仄かな酸味と甘さを感じた。スカイベリーのジャムが入っている。少し酸味寄りだけども、その後に金平糖と蜜漬を口にすることを考えればちょうどよい。
「さすがユーゴールーの愛で隊長」
幸せを感じる僕に店長がクスクスと笑う。この店をユーゴールーでいっぱいにしようと心の中で誓った。
007 不揃いクッキー
「クッキーくださーい!」
最近冒険者になった私は、ユーゴールードの森で採取依頼をしていることが多い。まだ新人だし、魔物化した動物と戦えるほど力はない。だけど薬の材料や地面にある素材の採取だけならなんとかなる。今まではユーゴールードの森での任務は人気がなかったが、ここのところカフェが出来てからはそうでもない。
「はい。依頼がんばってね」
フリフリの格好の店員さんに笑顔で見送られながら、私は店を後にする。少し前に出来たこのカフェでは最初店の中でしか食べることが出来なかった。けれど途中で私たちのような新人冒険者のためだけのクッキーを売ってくれるようになった。お店で食べているものより形が崩れてしまったり、焦げがあったり、本当はお客に出す物ではないらしい。オーナーさんが新人は大変だから、とほぼ無料に近い値段にしてくれた。おかげでクッキー目当てで依頼をしに来る者もいる。とはいえ常にあるわけではないし、それなりの装備をしている者には正規の物を正規の値段で買ってもらうと言っていた。
私も早くきちんとした値段で買えるようになりたい。
「セーラ、買えた?」
「うん!」
新人とはいえ、私は一人ではない。姉のソラノと一緒だ。
「あっちにマシューキノコがあったよ。それと近くに祈願花の群生地も見つけたから採っていこう」
姉に連れられてマシューキノコを探す。マシューキノコは色んな料理に使われる。添え物としてもいいし、サラダにしたり、これ自体を焼いてもいい。味はないが、栄養はあるので、どうしても何もないときは私たちもお世話になっていた。
祈願花は薬の材料になる。生で食べても苦いし、体に変化もない。でもちゃんとした処理をすると、傷を治す回復水になるという。私も一つ持っている。冒険者ギルドに登録すると一つだけ無料でもらうことが出来る。安い物ではないので、予備を買えるくらいになるのが目下の目標だ。
「あ、ユーゴールーだ」
「こらこらキノコ食べないで。これはダメだよ」
採取したマシューキノコの匂いを嗅ぎ始めたので慌てて避ける。袋の中に入れて、食べられないようにした。少し遠くにあるキノコを示すとそちらに跳ねていく。
「祈願花を採ったらちょっと休憩してハクライまで戻ろうか」
「うん」
依頼分をきちんと袋に保存して、倒木の上に腰掛ける。姉にクッキーの半分を渡し、一緒に食べる。水は来る途中で川で汲んできたものがある。
手に取ったクッキーは少し焦げていた。口に入れると味は特に問題なく、寧ろ美味しい。今までユーゴールードの森の採取依頼はただ時間のかかるものでしかなかったという。だけどカフェが出来たことでもし何か不測の事態があったとしても頼れる場所があり、またそこには凄腕の冒険者がいる。
冒険者になった時期がよかったね、とギルドのお姉さんには言われた。私もそう思う。
でも焦げていないクッキーを早く、ちゃんとした値段で買いたい。きっと今食べているものよりもっともっともーっと美味しいんだろうな。
008 甘味試食会Ⅰ
いつもより遅い開店に、喫茶ベリーベリーの前では数人の待ち人がいる。皆、遅いなと思っているのが丸わかりだ。その姿にニヤニヤとしながら、あたしはお店の扉を中から開ける。
「お待たせしました! 本日は特別に試食会を開催いたします」
ミルズに依頼された食材を採ってお店に行くと、彼女は仕事の後に厨房にこもり始めた。ダグとイレーヌはびっくりしていたが、前にもあったことなので少しするといつもに戻っていった。今回彼女に頼まれたのは、オオワシヌシの卵とチェリーベリー、それにシュシュラの実だ。
オオワシヌシの卵は今の時期、川沿いの崖などで巣を作っているところを強襲した。チェリーベリーは護衛の依頼先にある街の特産なのでたくさん買ったし、採ったし、もらった。そしてシュシュラの実は白い硬い皮に包まれた丸い実だ。オオワシヌシの巣の近くにシュシュラの樹があるという情報をもらっていたので、新人冒険者を引き連れて木に登ってもらった。報酬はあたしからの冒険者の心得だ。
というわけで持ってきた食材を渡すと、ミルズは新作スイーツで頭がいっぱいになったようだ。満足した顔で、試食会をすると宣言した。
ミルズが作ったのはオオワシヌシの卵を使ったプリンと、チェリーベリーを合わせたケーキ、そしてシュシュラの実を使ったクリームサンド。飲み物にはいつものシュガージュースにシュシュラの実を削った物を浮かべたり、チェリーベリーをのせている。
「どうぞ、好きに手に取ってください」
ダグやイレーヌと一緒に促すと皆がそれぞれ動き出す。
「本日は私の我が儘で開店が遅くなって申し訳ありません。この付近で取れる食材ではないのでいつもは無理ですが、時々は違う食材で遊びたいと思います。本日来店いただいた皆様と私たちの特別メニューですよ」
にこっと笑ってミルズが優雅に礼をとれば、皆も嬉しそうだ。
少し遠くの方に困った顔をした少女たちを見つけて手招く。新米冒険者の子たちのようだ。まだ十歳を少しすぎたばかりだろう。細い少女たちの手にプリンを持たせると、そのままテーブルに座らせる。
「あの、お金……」
「いいの。今日はお店の試食会だからね。誰からもお金はとってないのよ」
「ほ、本当、ですか?」
「本当よ。いっぱい食べてね」
二人の頭を撫でるとはにかんだ笑みをくれた。
こういう新米の指導もついでにしてあげればいいのかもしれないけれど、普段あたしは店にいない。クランメンバーで戦えるのはあたしとミルズだけだけど、もう一人くらい交代で店にいるメンバーを引き込むべきか。そうしたらあたしはもっと店に入られるし、冒険者として無駄死にする若者も減るだろうか。
「マリン。おい、マリン!」
乱暴に肩を叩かれ振り向くと、ジェイドが居た。この男は本当にうちの店がお気に召したのだな、と思うとなんか可笑しい。
「ミルズに紹介してくれ。あと俺が食材持って行ったらうまいもの作ってくれるか?」
「紹介はいいけど。作るかは知らないよ。自分でお願いして」
眉間に皺を寄せたものの、ジェイドは頷いた。笑いそうになるのを堪えながらお菓子の感想を尋ねる。
「ミルズのお菓子はおいしいでしょ?」
「すごく美味い。オオワシヌシの濃厚プリンもチェリーベリーのケーキもよいが、クリームサンドが俺の口にすごく合う。甘すぎないクリームの中に荒く砕いたシュシュラの実がアクセントになっていて面白い。荒く削ってはいるけれど、それも大きすぎず小さすぎず口当たりを邪魔しないのがいい。あと、シュガージュースはチェリーベリーが乗っているのと飲むとちょうどいいな。甘いから」
眉間の皺は一瞬で去ったらしい。ジェイドがうっとりとレポートをあげてきた。もうそれでお金取れるのでは、と思えてきた。
「そんなに気に入ってくれたのですね。嬉しいことです、旦那様」
ジェイドの背後から見た目はいつも通り涼やかに、ミルズが現れた。
009 甘味試食会Ⅱ
ユーゴールードの森で採れる食材でのお菓子作りは全然構わない。でも、こう、時々無性に他のものが食べたくなる。だから前回お休みで戻ってきたマリンに次までの食材の準備をお願いした。
マリンとは《スイーツジャンキー》を創る前からの冒険者仲間だ。共に甘味好きということで意気投合し、一緒に依頼をこなして、私の夢を応援してくれた。お店をやりたいという夢を。そして皆に笑ってもらえることが楽しくて仕方ない。
お願いした食材は、オオワシヌシの卵、チェリーベリー、シュシュラの実の三つだ。他にも細々と持ち帰ってくれたが、それはおまけ程度。後でクッキーなりジュースなりに化けさせよう。
オオワシヌシの卵は普段使っているコッコの卵よりも濃くまろやかな味がでる。ただし猛禽類のオオワシヌシはなかなかに凶暴で卵を採ってくるのは結構大変なのだ。新米たちにやらせた、とマリンは言っていたがうまく指導したようだ。チェリーベリーはクランクラ村の特産品だ。比較的手に入れやすいが、ユーゴールードの森の近くではない。商人に頼むのもよいのだが、マリンに依頼した方が早いのだ。そしてシュシュラの実は背の高い木になる実だ。白い硬い殻に包まれている実はほんのり苦みがある。
卵はプリンに、チェリーベリーはケーキに、シュシュラの実はサンドに。どれもおいしく出来たと思う。時には趣向を変えて、とダグたちに試食会のことを伝え、マリンにも残ってもらった。言わなくてもマリンは残る気だったようだが。
試食会は皆を驚かせたが、概ね楽しんでもらえているようだった。いつも不揃いクッキーを買ってくれているセーラとソラノもマリンに連れられて席についていた。あの子たちは孤児だと聞いたけれど、逞しく日々を生きている。ただし採取だけでなく、そのうち戦闘の指導もしてあげられればよいのだけれど。現状そこまで手が回らない。
今代の魔王は友好派で貿易を積極的にしてくれているし、世界の澱から生まれる魔物狩りにも協力してくれている。魔物は狩らないと世界の均衡を崩す。そのための冒険者だ。生活に困窮して冒険者になるものも多い中、その指導がなかなかうまくいかないと聞いている。私は単に甘味を求めて世界に出たかっただけのはぐれものだけれど、村を出てよかったと思う。それに冒険者となって、女性たちと語らうのも楽しかった。時々やりすぎて男性に怒られてしまうけれど、相手がいる子には微笑むだけだ。
私を紹介してくれ、と声が聞こえたのはマリンのいる一角だった。
何度も店に来てくれている同胞のエルフだ。その前にも顔はなんとなく見たことがあるが、ちゃんと話したことはない。後ろから寄っていくと、どうやら私のお菓子を気に入ってくれたらしい。相当な熱の入った感想をもらった。
「そんなに気に入ってくれたのですね。嬉しいことです、旦那様」
にやつきそうな頬を引き締めて話しかけると、同胞はびくりと肩を揺らした。
「こうやって対するのは初めてですね。クラン《スイーツジャンキー》のマスター兼喫茶ベリーベリーの店長で、ミルズです。よろしくお願いします」
「お、おお……。クラン《夢路を往く》の弓術士のジェイドだ。いつもうまいお菓子をありがとう」
「お口に合ったようで」
つい微笑んでしまった。ジェイドは何故かびっくりした顔で、けれど後頭部をかきながら視線を泳がせる。
「ミルズー、ジェイドはハクライの街を拠点にしててね、時々会うんだ。こないだのミーナちゃんに預けてたお菓子もお裾分けしたんだよ」
ひょこっとマリンが寄ってくる。
「あ、ああ。あれも美味しかった。なあ、ミルズ、と呼んでいいか?」
「もちろん。同じエルフの同胞として、否やはない。私もジェイドと呼ばせてもらうよ」
なかなか故郷を飛び出す同胞はいないのだ。皆静かに自然と過ごす方がいい、と言う。戦闘が得意ではない子も多いので仕方ないことでもあるが、今まで出会った同胞は両手で足りるくらいだ。
「今回は珍しい食材でお菓子を作ったと聞いたんだが……」
「そうだね。食べたくなってしまったので、マリンに我が儘をきいてもらった」
隣でマリンは自分も食べたいから全然いいの、と給仕服のままシュガージュースを飲んでいる。
「もし俺が食材を何か持って行っても、お菓子を作ってもらうことは出来るだろうか」
それは願ってもない申し出だ。新しい食材は嬉しいし楽しい。けれど実際出来るかというと、他のお客様との兼ね合いもある。
「……食材にもよるが、先触れをいただけるならば」
「それもそうだな。いきなり行っても難しいよな。時間がかかる場合もあるしなあ」
苦い私の答えだったが、ジェイドは急にシャキッと背筋を正した。けれどその瞳は嬉しそうである。
「いいのか?」
「何がだ? 断られると思ってたからその答えで十分だ。そのうちなんか持って行くよ」
「あ、その時はあたしにも声かけてよ! ミルズのお菓子はあたしのものなんだから!」
なんだか彼は尻尾を振る犬のように見える。そして犬にじゃれつく猫のマリン。
「お前はいっつも甘味食べてんだからいいじゃないか!」
「えー! ひどーい!」
二人の会話に自然と口角が上がる。
新しい出会いに、美味しいお菓子。とってもよい。
010 《夢路を往く》
最近ジェイドがうわついている。その原因はレーラから聞き及んでいる。星降る森の喫茶店だ。お土産でもらった焼き菓子は確かにうまかった。だが、お菓子が食べたいからと依頼を選り好みされては困る。
ということで、お店に来てみた。
「いらっしゃいませ、旦那様。当店は初めてでございますか?」
エルフの青年が優雅に腰を折る。王公貴族でもないのに腰を低くされるのは落ち着かない。
「そうだ。ジェイドが前に菓子を買ってきたからな」
名前を出せば用向きもわかるかと口にすれば、青年は顔を輝かせた。
「ありがとうございます。是非他のお菓子もご賞味ください」
笑うと少し雰囲気が柔らかくなる。
「あんた女か。ああ……なるほど、なるほど」
「如何されましたか」
一人納得していると、不思議そうに首をかしげるエルフの女。
ジェイドはなかなか面倒な性格をしているな、と思う。菓子も彼女も手に入れたいならば店の常連になるのも仕方ないのだろう。
「以前もらった焼き菓子をもらえるか」
「はい。ありがとうございます」
心なしか軽やかな足取りに本当にお店が好きなんだなと理解する。
「何これ?」
頼んだ焼き菓子と一緒に豆菓子が出てきた。薄黄色の豆というとぴよ豆しか思い浮かばないのだが。
「試作品の豆菓子です。茹でたコッコツガイマメに蜜を絡めて固めました。皆様にお配りしているのです」
「ぴよ豆か」
コッコツガイマメとはぴよ豆の正式名称だ。コッコが好んで突く草なのだ。突かれなければちゃんと栄養を蓄えることが出来る。よい豆を仕入れたようだ。密で固めてあるということもあって、歯ごたえは十分ある。歯が弱い人には食べづらそうだが、固い菓子の方が好みな自分には食い応えがあってよい。
他の客を見てみると、女性や甘いものが好きそうな者には豆菓子以外も渡している。クリームが見える。その上に星が乗っている。あれは甘そうだ。
「なあ、次にジェイドが来たら、クラメンの全員分買ってこいって伝えてくれるか」
店主は微笑み一つで了承してくれた。仕方ないから店に行くのは許容してやろう。土産一つで皆に許してもらえるなら、安いものだろう。
な、ジェイド?
011 ミルズ
「ひえええ!」
「モッ君護衛でしょ!」
「ムリッス!」
つい二時間前まで私たちはのんびりハクライの街に向かっていた。けれど魔物化した鳥の怒りを買い、全速力で逃げる羽目になっている。ハクライの街にはまだ距離がある。
「あ、星降る森に行こう! カフェが出来たって聞いたから」
「……冒険者がいるかもしれないっスね!」
方向を慌てて変えて走る。一応モーリアスは護衛なので私の後ろを守ってくれている。けれど件の鳥は大きくて爪も鋭い。力も魔法も強いけれど、体が小さい彼が倒すにはちょっと難しそうだ。
とにかく早くユーゴールードの森へ、とがんばって走った。
ユーゴールードの森に着いてもまだ鳥は追ってきていた。しかも森には新米冒険者が複数いた。このままではまずい、とモーリアスに指示を飛ばす。
「モッ君、足止め! ……ごめん、誰か強い人呼んで!」
私もモ―リアスの少し後ろで足を止めた。背負っていた鞄からいくつかの薬品を手に取ると投げる。弧を描いて魔物化した鳥にぶつかると、シュワッと泡が立ち上る。ただの足止めだが、少しでも時間を稼がなければ。泡はただの泡でしかない。続けて別の薬品を投げる。鳥にぶつかると激しい音と光が立ち上る。
モーリアスが斧を構えて収束するのを待っていると、晴れた瞬間に鳥が飛び出してきた。
「クッ……!」
「モッ君!」
斧で鳥の嘴を防ぐ。しかしこのままの体勢から崩すことが出来ず、にらみ合う。
攻撃手段となる薬品はあるが、私の腕ではモーリアスごと攻撃してしまう。迷っていると、背後からシュッと風を切る音が走った。私の横を抜け、モーリアスの脇を通り、魔物化した鳥に刺さる。痛みと驚きもあってか、悲鳴を上げて飛び退る。
「オオヒスイドリか。お嬢さんは後ろへ」
執事姿のエルフが音もなく横に並ぶ。後ろの方では新米らしい子たちが数人様子を伺っていた。
「助かったッス!」
モーリアスが目は鳥に固定したまま、エルフの人に礼を言う。
「よく持ちこたえたね」
そう言いながらエルフの人は空間から弓を取り出した。弓を引き絞る仕草をするが、矢は見えない。不思議に思いながら、目を凝らすと矢は魔法矢だ。うっすらと魔力の塊が見える。矢は放たれるとまっすぐに鳥へ向かい、目を打ち抜いた。とどめにナイフが胸元へ飛んでいくともう動かなくなった。
最初に飛んでいったものもナイフのようだった。
「お疲れさま。素材はいる?」
涼しい顔で問うエルフの人に、私の腰が抜けた。
012 スパイシーチキン
目の前で解体されたオオヒスイドリの肉が香ばしい姿を披露している。めちゃくちゃ美味そう。匂いだけで涎が出る。隣に座ったクレアもそわそわと肩を揺らしている。何せ俺たちは途中の街道からひたすら全力疾走だったのだ。疲れているし、お腹はペコペコだ。
手助けしてくれたエルフの青年はユーゴールードの森のカフェを経営していた人らしい。賭に出て正解だったようだ。
「えっと、ミルズ様と仰るのですね」
「ミルズで構いませんよ、お嬢さん。さあ、温かいうちに食べましょう」
クレアが丁寧に礼を述べるが、青年は穏やかに流した。代わりに俺たちの前に香辛料たっぷりに焼かれたオオヒスイドリの手羽がある。
「さあ、どうぞ」
「いいんスか。あんたが仕留めたのに」
「他の皆にも配っていいのでしょう? 新人たちにはごちそうですし、今日はこの様子ではカフェは厳しい。時には御飯処に変わってもいいでしょう」
本気で言っているのか、にこにこと笑みを絶やさない。つられて俺も笑顔になる。
「いただきまッス!」
かぶりつくと口の中に柔らかな肉の味と香辛料の辛みが広がる。いくつでも食べられそうだ。二個目三個目と手に取ると、正面からやさしい表情で見られているのに気づいた。
「あ、お、がっつきすぎた、ッスか?」
「モッ君、がんばってくれたからねえ」
クレアがフォローしてくれたけど、恩人に失礼だっただろうか。
「いいや、美味しく食べてくれるのは嬉しい。でも他の皆のも少しは残しておいてね」
「……はいッス」
小さく返事をしながら顔が赤くなるのがわかった。
恥ずかしいが、旅の途中は保存食が多かったこともあって、特に美味しかったのだ。クレアも美味しそうに食べている。周囲に目をやれば、採集に来ていた新人冒険者やカフェに来た客がオオヒスイドリの肉を焼いていた。料理人が元々作っていたデザートを持って周囲をうろついている。今日は仕事にならないと言っていたが、作っていたものを無料で放出させてしまったようだ。
「なんだか迷惑掛けてるね、私たち」
「そッスけど、俺たちも死にかけるところだったから……。後でなんか出来るか聞いてみる?」
「だね」
手は肉を掴みながら、俺たちは頷いた。
食べ終わってからミルズに何か困っていることはないか、申し出た。これからハクライの街に行く予定だと伝えた上で。
おそらく特に困っていることはないのだろう。あっても俺たちに頼む感じではない。でも俺たちに変な恩を売りたいわけじゃないから、何か考えてくれようとしている。
いい人だなあと思う。しかも肉の余りを包んでくれた。確実にいい人だ。
「うーん、じゃあ、……ニッツ村に寄ってクレメンスていう魔族に伝言お願いしようかな」
「クレメンス! ハクライじゃなくて村ッスか!」
ミルズの表情が疑問に変わる。
「あ、クレメンスさんはモッ君の叔父さんなんです。私たちも捜していたので逆に助かります」
「俺も会ったことはないっス」
予想外なところから情報をもらった。てっきりハクライの街に居ると思っていた。
「あー、だからその角、……似てるね」
大きなぐるぐるの角は俺の自慢だ。どうやら角は似たような形らしい。
「じゃあ、クレメンスに、『カトラリーセット追加』と『魔王国に一度里帰りしておいで』と伝えてきてくれる?」
「はいッス! ……って、いいんスか」
父から叔父を見つけたら一度帰ってきて欲しいと言われている。ミルズは、そんなことだろうと思った、と苦く笑う。
「あいつ、引きこもりだからな……」
君と正反対だよ、と呟かれた。
013 蜜豆
「いらっしゃいませ」
ベルを鳴らして入ってきた人物に反射的に挨拶をして、顔を見た瞬間わたしは逃げた。厨房の中へ入り込み、ダグの腕を掴んで屈み込む。
「え? イレーヌ?」
「父様がいる」
「えええ!」
ぽつりと答えたわたしにダグが大きな声を上げる。慌てて口を塞ぐも遅すぎる。
「イレーヌ、ちょっとおいで。ダグは仕事して」
ミルズはやさしいし、尊敬している。けれど仕事に対しては厳しい。特に今は事情もわからないままお客様の前から逃げた。これが胸を触ろうとしたりする不逞の輩なら別だけど、まだ普通に店に来たお客様だ。
「聞こえたけど、いい機会だから普通に仕事している姿を見てもらいなさい」
「……はあい」
わたしの呟きは拾われていたようだ。怒ってはないけど許してもくれてない。仕方なくミルズが代わりに案内してくれた父様のところへ向かう。
仕事なんだ、とわたしは言い聞かせて背筋を伸ばす。俯きそうになるのを我慢して、笑顔を浮かべる。
「さ、先ほどは失礼しました。ご注文はお決まりでしょうか?」
じっと見つめられるのはやりづらい。ウエイトレスの格好が珍しいのだろうか。それとも家でも使ったことがないような言葉遣いだろうか。むずむずしていると、やっと父様はメニューに目を移す。
「星のシュガージュースと蜜豆を頼む」
「かしこまりました」
なんとか注文をもらうとホッとしながら厨房へ入る。シュガージュースはわたしの仕事だ。いつもの手順でアイランの花の種を煮詰めていく。
「お待たせしました。星のシュガージュースと蜜豆です」
注文のグラスとお皿をテーブルの上に置くと、そのまま背を向ける。逃げたい気持ちが強すぎてさっさと離れたかったのだ。
「イレーヌ」
けれど呼び止められてしまった。
「……はあい」
いやいやと向き直ると、苦い顔の父様の顔がある。
「連絡くらいは入れなさい」
「う、はい。ごめんなさい」
怒られた。でも声はそこまで怖くない。気がする。
「ここのクランから連絡をもらった」
「え、ミルズさんが?」
驚いて彼女を探すけれど、今は他の方の接客をしているようだ。
「いや、マリンという冒険者だ」
「ああ……、マリンさん」
色んなところを飛び回っている彼女ならわたしのことも調べられただろう。
「逃げるほど本気ならばきちんと挨拶に来なさい」
「……無理矢理連れて帰りたいんじゃないの?」
てっきり駆け落ちしたのを怒っていると思っていた。連れ返しに来たのかと思っていた。
「最初はそうしようと思っていたが、彼から結婚したいと手紙を預かった……」
渋々と口にする父様はなんだか拗ねているようだ。顎で彼と言いつつダグを示す。ダグはちらちらとこちらを見ながら仕事をしていて、ミルズに怒られている。
「ここの暮らしは楽しいのか」
「……うん。すごく」
「家には帰ってこないのか」
「今はまだ。店は他の人に継いでもらって。わたしはダグと生きたいの。店のための結婚なんて嫌」
「彼が店を継ぐのならあるいは」
「父様!」
代々の店をずっと大事にしているのは知っている。だけどわたしは店に興味がない。見所のある店員にでも継いでもらった方がいい。
「そのうちちゃんと挨拶に行く。ダグと!」
「……孫が出来たらすぐに言いなさい」
「気が早いわよ!」
まだ、そんな、考えられるどころじゃない。真っ赤にして叫ぶと少しだけ父様の口元が緩んでいるのがみえた。
「蜜豆は持ち帰りもあるのか?」
「あるわ」
甘さ控えめな豆菓子はどうも男の人に人気のようだ。ミルズの試作品に手を加え、ダグが作りやすく改良した蜜豆だ。使っている蜂蜜のせいか、さっぱりとしている。ぴよ豆は茹でるのではなく、炒って少し焦がして風味を更にあげている。保存食として持って行く冒険者もいるらしい。
最近の新メニューである。
「また来る」
持ち帰りように蜜豆を渡すと、父様はわたしの頭を撫でる。昔小さい頃によくしてくれたように。
「お待ちしています」
わたしは精一杯の笑顔で送り出す。
後でダグには色々聞かなければならないな、と思いながら。
【三章 食材を求めて】
014 クミルの期待
喫茶店の前で気合いを入れる。扉に手を掛け、……また離す。了解はもらったが、本当に俺が持ってきた食材でスイーツを作ってもらえるのか不安でならない。一応先触れは出して置いたので大丈夫と思うが。
「お兄さん、先入ってもいい?」
扉の前でずっと立っていたせいで、後ろに女の子が二人立っていた。時々見る新米冒険者の子だ。
「すまない。今入るよ」
少女たちを困らせる訳にはいかない。勢いこんで扉を開くと、いつものウエイトレスがにこやかに笑いかけてくれた。俺の後ろで少女たちもこんにちは、と元気よく挨拶している。
「ああ、ジェイドか。いらっしゃいませ」
少女たちが不揃いクッキーを買い求めている声を背後に、ミルズに話しかける。
「忙しい時間にすまない。先日他の冒険者に伝言をたのんでいたんだが」
「聞いているとも。準備はしているよ。食材をもらえるかな」
「おう」
テンションが高い。だが俺もどんなものが出来上がるのか楽しみだ。
今日持ち込んだのは丸い大きな葉っぱをした植物だ。茎の部分が赤紫の色をしている。
「クミルだね。懐かしい……」
「やっぱり懐かしいよな」
今日持ち込んだのはクミルという。故郷ではよく食べていた。どうやら彼女も同じらしい。
「準備してくるから少し待っててくれるかな。これでも食べてて」
席に案内して、豆菓子を置いていく。わくわくしたミルズの背中に期待が募る。俺はただおとなしく豆菓子を摘まんだ。
クミルは茎を切ってよく他の野菜と炒めていた。酸味があってさっぱりする。また赤紫の色がよく出て、鮮やかになる。
故郷に居るときはいつでも食べられたが、外の世界に出るとそうもいかない。クミルがないわけではないが、これを食すのはどうやらエルフ達だけのようだった。いつでも食べられると思っていたものが、食べられないと知ったときに何だか口惜しくなった。自分で作ればいいかとも思ったが、店に置いてあるのは茎よりも大きな葉っぱの方だった。食べ物を包むのに使われることがあるらしい。
茎を食べないのかと伝えたときに、食べられるものだったのかと驚かれた。
今回は懐かしさと、常々これをスイーツに出来ないかと思っていたから持ってきた。街から少し離れた所に群生していたのだ。小動物たちが齧っているのも見たので、なるべく綺麗なものを採ってきた。
昔を懐かしみつつ摘んでいた豆菓子がなくなった頃、ミルズがやってきた。とてもいい笑顔だ。
ミルズは焼き菓子を並べ、横に赤いものが入った別の器を並べた。焼き菓子はどうやら店に出している商品のようだ。
「さて」
何故か彼女も俺の対面に座った。ご丁寧に自分の分も持っている。
「どうかしたかい。ほら、食べようじゃないか」
「お、おう」
赤いものがクミルだろう。少しだけ焼き菓子に付けて口を開ける。
クミルの味がする。懐かしさもあるが、記憶よりも甘く処理されている。甘酸っぱいジャムだ。焼き菓子は逆にプレーンで余計な味がついていない。クミルが引き立っていて、美味しい。
「ふふ、美味しそうに食べてくれて嬉しいよ」
対面を見るとミルズが同じように焼き菓子にクミルのジャムをつけて食べている。俺が大口を開けているのを見て、はにかんでみせた。
「ゲホッ!」
むせた。立ち上がろうとする彼女を制する。
「だ、大丈夫だ」
「酸味がまだ強かったかな」
「いや、甘酸っぱくて美味しいよ。ジャムに出来るんだな」
「時間にもっと余裕があれば、他のも作れると思うんだけどね。今回はクミルの可能性を君に教えようと思って。この酸味はスイーツ向きだよ。良い食材だ。ありがとう」
確かに故郷でもスイーツにはしなかった。それがジャムに出来るなら他のものも出来そうだ。
「それにクミルは私も久々に食べたよ」
ふにゃ、と笑うミルズに顔が熱くなる。ウエイター仕様と違う素の笑みは破壊力がありすぎる。焼き菓子とクミルのジャムを勢いよく食べきると、言い放つ。
「また持ってくる。今度は他のものも食べさせてくれよ」
赤い顔を見られたくなくて、踵を返すと背後から明るい声が追いすがってくる。
「もちろん。またのお越しをお待ちしています」
知らず俺も笑みを浮かべた。
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